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ラッキーの不思議な旅
25国目 原始共産主義の国  中篇



ラッキーは首都プノンペンへと向けて、ゆっくり歩きました。
その道中、数々の常軌を逸した光景を見かけます。
小さい一軒家が作れそうな広さの四角い穴の中に、数百人の人間の白骨死体があるのです。
その近くで迷彩服を着た13歳以下の子供兵士達とそれを指揮する10代後半の少年が、農具や鈍器を手に持ち、知識人と思わしき人間達に暴力を振るって殺害し、次々と遺体を先ほどの穴に放り投げています。
悲鳴が聞こえないようにスピーカーから大音量で音楽を鳴らしているから、犠牲者の絶叫のはラッキーには聞こえませんでした。
ただ、こんな国を作ったポルポトに疑問を抱いて、首を可愛く傾げるだけです。
更に都合が悪い事に、ちょうど目の前で、子供兵士が、母親と思しき女性から赤ん坊を取り上げ、赤ん坊の頭を木に何度も何度もぶつけて遊んでいました。
赤ん坊は生命力がないので、すぐに頭から血をだらだら流し、永遠に動かなくなります。赤ん坊は穴に放り捨てられて遺体の仲間入りです。
子供兵士達はげらげら楽しそうに笑いながら楽しそう。
母親は愛しい我が子を殺されて泣き叫びました。
ですが、大音量の音楽でその悲鳴は聞こえません。
その母親が子供兵士達の次の標的となり、パールのような鈍器で殴打されてすぐに死体になり、遺体は小さい穴に捨てられました。
ラッキーは光学迷彩を展開しながら、この光景を見ていましたが、特に助けようと思いません。
どうやら、このような光景がカンボジアヤー国全土で行われているようなので、一々、助けていたら切りがないのです。

「うーん、酷い国だねぇ。
ポルポト君は何を考えて、こんな国にしたんだろう?
この国はフランスヤー国の植民地だった頃の方が、平和だったよね。」

「もうやだ、人間の世界。」

頭に乗っている妖精さんは現実の酷さに涙目になりながら、故郷に帰りたくなりました。
たまに、こういう酷い国があるから人間の世界は嫌です。
今も次々と目の前で死体が量産され、穴に遺体が放り捨てられています。このままじゃ総人口が一気に激減する事は間違いなしの虐殺っぷりです。
ラッキーが首都へと向けて歩みを再開すると、あちこちで似たような光景を目にします。
ちょうど家族だと思わしき、小さい少年と、母親が子供兵士達の前で言い争いをしています。
家族なのにお互いを嫌悪していて、相手を殺すべき敵にしか見えていません。
家族の絆なんてものは、この国では崩壊して何の足しにもならないゴミです。

「俺の母親はソ連のスパイだ!死刑にしてくれ!」

「いや!違う!
うちの子供がソ連のスパイだ!死刑にしなさい!!」

ここまで親子関係が破綻している原因は、どうやら密告制度が原因のようです。
現実でも恐怖政治をやる際によく使用され、何時、誰に密告されるか分からない恐怖から、人民は家族すら信用できなくって人民同士の団結が出来なくなり、人間関係を完全崩壊させる常套手段です。
このように親が子供を密告し、子供が親を密告して、相手の死を望むなんていう常軌を逸した光景は、共産主義国家ではよくありました。
ちょうど21世紀の現在も日本の隣の北朝鮮が、これと同じ事をしています。

「お前なんて俺の母親じゃない!
どうして嘘を言うんだ!」

「あんたなんて私の子供じゃない!
親を殺そうとするなんて鬼畜!地獄に落ちろ!
あんたなんて死ねばよかったのよ!」

「死ぬのはお前だ!クズ親!」

「きっと前世は畜生だったのね!
もう、あんたなんて子供だと思わない!さっさと地獄に落ちて永遠に虐待されろ!」

親子での醜い言い争いが何度か続き、それを聞いていた子供兵士達は少し悩んだ後に、判決を告げました。

「疑わしきは殺せ!
両方死刑!」

たたたたたーん!

親も子供も小銃の銃口から飛び出た銃弾を数発食らって動かなくなりました。
銃の殺傷能力は凄いので、早く適切な医療をしないと助かりません。
ラッキーの頭の上に乗っている妖精さんは、このひどい現実を見て気絶しました。
このままだと何かの拍子に落ちてしまうので、ラッキーは妖精さんを手で掴んで、ローブについている異次元ポケットの中に収納して歩みを再開します。
道中、これと似た光景をあちらこちらで見かけ、酷い例になると密告された数十人を証拠なしで銃殺している光景を目にしました。
現実には地獄と天国の両方が既に揃っていて、この国全体が地獄そのものです。









「?」

ラッキーが舗装されていない荒れた道をトコトコ歩いて、膨大な数の虐殺現場を目撃していると、ある事に気付きました。
不思議な事にこの国のほとんどが14歳以下の子供です。
見かける大人は、極僅か。
死んで腐ったり白骨死体になった大人の方は、道端や川でよく見かけます。

「どうして子供だらけなんだろう?
大人は少ないのかな?かな?
子供だらけの理想国家でも作ろうとしているのかな?」

この時、ラッキーは想像していませんでしたが、ポルポト政権が大人のほとんどを殺してしまったから、この世に居ないだけです。
更に荒れた道を歩くと、人の悲鳴が近くの1階建ての木造住宅から聞こえました。

「ぎゃぁー!もうやめてくれぇー!
解剖するのはやべでええええええええええええええええ!!!
うあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

激痛に苦しむ男の絶叫です。
気になったラッキーは、歩いて現場に近づき、木造住宅の窓の隙間から、こっそりと内部を覗くと、恐ろしい光景を見ました。
白衣を着た12歳くらいの黒髪の子供が、ハサミとメスを手に持ち、無邪気な笑みを浮かべながら大人を解剖しています。
どうやら、恰好から察するに、この子供は医者のようです。
子供医者は、訳が分からないという顔のまま、台に縄で手足を縛りつけて仰向けに拘束されている大人の男性の腹部を解剖して唸っていました。

「んー?
外科手術はどうやったらいいんだぁー?
ここかぁー?」

子供医者は、男性のお腹に開いた傷口を強引に広げ、男性はそのまま口から泡を吹いて永遠に動かなくなります。
気になったラッキーは、子供医者に窓越しに質問してみました。

「ねぇねぇ、人間を解剖する変態さんなの?
どんな気持ちなの?
やっぱり殺人楽しいの?
人体芸術作品とか作る気なの?」

「ん?
なんだ?お前は?」

子供医者は怪訝な顔で、ラッキーを不審者を見る目で睨みました。
どうやらラッキーの質問内容に怒っているようです。

「私の名前はラッキーだよ。
どうして、こんな酷い事をしているのか聞きたいんだ。」

「はぁ?
俺が酷い事をしているだとっ?
俺は立派な医者になるために、手術の練習をやっているだけだ!」

「え?
今の解剖じゃないの?」

ラッキーは首を可愛く傾げました。
子供医者は、胸を張って大きく威張りながら丁寧に説明をしてくれます。

「ふははははは!
自慢じゃないが、ほとんど医療の事を教えてもらえずに、ポルポト様から医者の仕事を任されているのだ!
なぜなら大人の医者は全員ポルポト様が処刑したからな!
だから俺は、人手が足りないから、わざわざ医者になってやったのだ!
将来は高級取り間違いなし!」

「うーん?本当、可笑しい国だよね。」

「色々と初めての事が多すぎて、俺が受け持った患者のほとんどは死ぬか重傷になる!
どうやら注射を打つ前に消毒しないせいで、病気にかかるようだ!
外科手術の仕方は未だに分からん!
だが、何時か、俺は立派な医者になるんだ!
そのために、大勢の大人で人体実験して、俺は一流の医者にな」

「えい!」

「アミバっ!」

話を聞いていると、殴りたい気分になったから、ラッキーは子供医者に近付いて顔を殴って気絶させました。
子供医者は解剖した大人の死体の上に転がり、血液と臓器まみれになって汚い。汚い。
ラッキーは貴重な情報源が気絶したから、ちょっと困りましたが、子供医者を置いて、首都の方向へと向けてトコトコと歩く事を再開しました。
その道中も川から腐乱死体が次々と流れてきたり、道端に兵士の死体が転がってたりと、とっても凄惨です。
まれに生きた人間の集落を見かけますが、少ない食事で馬車馬のように強制労働させられている人民と子供兵士がいるだけです。
少しでも子供兵士の命令を拒否すると処刑。
密告されたら、証拠なしで処刑。
疑いがあったら、纏めて全員処刑。
旧貨幣を持っていたら反逆者扱いされて処刑。
更に可笑しいことに、2歳以上の子供を持つ親を全く見かけません。
この世界での最小の共同体【家族】すらも、この国では消滅寸前のようです。

「うーん?
ポルポト君どうしちゃったんだろう?
頭が狂ったのかな?かな?」

ラッキーには、あの善良そうな顔の少年が成長して、このようなことをするとは、とても思えませんでした。







ラッキーは長い散歩の末に、ようやく首都プノンペンに到着。
そこはカンボジアヤー国の行政、文化、経済の中心地であり、「東洋のパリ」と謳われたフランス植民地時代の美しい白い街並みが残っていますが・・・・・今はほとんど誰も住んでないゴーストタウンなのです。
かつては何万という人間が住んでいたのでしょうが、ポルポト政権が都市部の住民を農村へ強制移住させて、新人民という劣等階級に組み込んで強制労働させているので、ここには本来の住民が住んでいません。
いや、ここどころか、既にこの世界に住んでいません。
今頃、ほとんどの新人民は腐乱死体か、白骨死体になっています。
ラッキーは兵士以外の人を探すために、首都を散策しました。
時折、子供兵士を見かけますが、光学迷彩で光を歪めて姿を隠したラッキーを誰も視認する事はできません。
トコトコと道を歩き、数十年前に訪れた懐かしい光景を見ながらゆっくりしていると、【プノンペン(ペン夫人の丘)】と呼ばれる場所に着きます。
広大な敷地に、仏像を手厚く祀った堂があり、昔は観光名所でした。
その堂の近くに、成長して中年になったポルポトがいる事にラッキーは気付きました。
昔と変わらない善良さを顔に残した黒い短髪の中年で、茶色の迷彩服を着ています。
周りに銃で武装した子供兵士30人が警備していて厳重ですが、ラッキーは光学迷彩を展開したまま真正面からポルポトの目の前でトコトコ歩いて近づいて、右腕を振り絞り、右ストレートパンチ!

「えい!」

「クメールジーン!」

ポルポトのお腹を殴って気絶させて、ラッキーはその体を左手で強く掴みながら一気に空を飛びました。
このカンボジアヤー国がどうしてこんな地獄になったのかを聞きたいからです。
一応、ポルポトは一国の指導者なので、こういう風に拉致しないとゆっくり対話できません。
誰の邪魔も入らないように、秒速1kmで空を駆け抜け、カンボジアヤー国の外へと出て、南シナ海に出ました。
都合の良い事に複数の国家が領有権争いをしている南沙諸島という便利な島々があるので、そのうちの一つの誰も住んでなさそうな小さな島の綺麗な浜辺へと着地。
気絶しているポルポトを浜辺に寝転がし、起こすために顔を強く数回叩きます。

パン パン パン パン パン

バランスよく平等に、顔の左右を繰り返し叩いたら、ポルポトは顔のジンワリとした鈍い痛みで、目を覚ましました。
そして、視界に懐かしい元恋人のラッキーの姿があったから

「ああ、懐かしい娘がいるぞ。これは夢か。」

(この勘違いは丁度いいかも。
夢だと思ってるなら、何でも素直に答えてくれるだろうし。)

一国の指導者から、色んな事を包み隠さず聞けるチャンス。
ラッキーの知的好奇心は爆発寸前です。
こんな大それた事は、滅多にしないからラッキーは笑顔になりました。
さてはて、どんな酷い内容を聞けるのでしょうか?

後編に続く。

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