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ラッキーの不思議な旅
25国目 原始共産主義の国  後篇




ポルポトは、懐かしい思い出を見るような優しい顔で、ラッキーの事を見ています。
周りの光景を見渡すと綺麗な浜辺と南シナ海、先ほど居た場所とは全然違うから、夢だと完全に思い込んでいました。
初恋とか終わりが酷くても、思い出補正で美しい思い出になったりするもんです。
ラッキーは、それを利用して、ポルポトに笑顔を近づけて質問攻めします。

「ねぇねぇ、ポルポト君はどうしてあんな地獄のような国を作ったの?
なんでかな?かな?
あ、これ夢だから何を言っても大丈夫だよ。」

「地獄?
何を言ってるんだい?
私は薄汚れた社会を破壊して、綺麗な理想社会を作ろうとしただけだ。ラッキーちゃん。」

「あの国中、死体だらけの地獄が、君の理想だったの?
凄い変態性癖だね。」

この言葉にポルポトは少し顔を顰めて、顔を左右に振って拒絶した後に、ゆっくりと答えてくれます。
そこには少年の頃と変わらない善良な男の顔がありました。

「ラッキーちゃん。
私はね、労働者や資本家などといった階級もない平等で幸福な社会を作ろうと邁進しているだけなんだ。
理想社会を作れば、きっと、後世の皆が私を認めてくれる。
そのために汚い社会を生きた大人は全員殺さないといけないんだ。」

「うーん?
具体的に、その自称理想社会をどんな手段で実現する気だったの?
それを知らないと私は納得しないよ?」

「夢なのに、いちいち説明しないといけないのかね?
やれやれ、夢の世界も面倒くさいな。
これでは現実と同じだ。」

(いまだに夢だと思っている時点で、精神可笑しいのかも・・・疲れてるのかな?)

ラッキーの不安を余所に、ポルポトの口からゆっくりと説明が始まりました。
そこには絶対にやり遂げるという熱い情熱と信念があります。
純粋で真っ直で、そこには迷いというものがありません。
迷いがないから、世紀的な大量虐殺をやれる畜生になったのです。

「私が実現しようとした理想社会は、名前をつけるとしたら原始共産主義社会と呼ぶのが一番わかりやすくて良いだろう。」

「なにそれ?共産主義って全ての富を平等に共有して再分配しちゃうっていう実現不可能の欠陥制度だよね?
原始共産主義ってなんなのかな?」

「原始共産主義は、階級がない頃の社会を理想とし、太古の時代に戻る事だ。
この社会を実現するために、私は国民を全て農民に戻し、社会を発展させる知識人(物をよく知っている人)や反逆者を全員皆殺しにすることで、社会に余剰な富がなくなり、富が蓄積しないから階級が生まれない理想社会になる予定なんだ。
そうすれば綺麗で美しくて平等で、幸せな世界になるんだよ。」

「うーん?
そんなに昔の方が幸せなのかな?
ただの現実逃避じゃないの?
本当にそれは人間にとって理想の社会なのかな?
余剰な富がないって事は、大飢饉が起きたら数百万人単位で餓死するよね?
理想社会を作る前に、現実を勉強しないと駄目だよ?
人間、理想じゃ食べていけないよ?」

ポルポトが激怒しました。
もともと、反対意見を言われるのが嫌で、知識人を皆殺しにした畜生なので、異論を言われる事に耐えられません。
ラッキーに人差し指を向けながらポルポトは力強く叫びました。

「ラッキーちゃん!
君は死刑だ!」

「ここは夢だよ?
なにを怒ってるの?」

「私が理想とする社会に異を唱える者は、全員殺さなければならない!
全員殺せば、理想の社会が実現するんだ!
夢の中のラッキーちゃんは子供だが、薄汚れた大人の世界に染まってしまったらしいな!
失望した!」

「ああ、なるほど、だからポルポト君はあんなに人間を虐殺したんだね。
 君 は 理 想 し か 見 て  な い か ら、 地 獄 を 作 っ て し ま っ た ん だ。
あと、これ夢だから、そんなに怒る必要はないよ?」

「・・・・そうか、これは夢だったな。
やれやれ、私は仕事のしすぎて疲れているようだ。
こんなに意識がハッキリとした夢を見るなんて、人生で初めてかもしれない。
あとで日記に書いておこう。」

「これ夢だから、起きたら忘れてるよ?
人間、起きたら夢のことは覚えてないでしょ?
だから、安心してストレス解消のつもりで、全部を話してくれないかな?かな?」

「ああ、そうだな。
私がやった政策を再確認ついでに全部話そう。
・・・・それにしても、初恋の娘が夢に出てくるなんて、ラッキーちゃんに振られて失恋した日の事が、私の中で相当のトラウマになっているようだ。」

ポルポトは今までの努力の成果を、夢とはいえ、初恋の少女ラッキーに話せる事に喜びました。

二度と取り戻せない青春時代が、一時的にやってきたようなものだからです。
ラッキーは笑顔のまま、その勘違いを利用して、ポルポトの言葉を待ちます。

「私はね。
原始共産主義を実現するために色んな事をやったんだ。
まずは階級を作らせないために、全ての国民の私有財産を没収、貨幣制度を廃止。
反対した奴らは全員皆殺しにした。」

「えと、人類の偉大な発明と言われる【お金】を廃止したの?
凄い極端な政策だね。」

「ああ、太古の時代にお金などなかっただろ?
今では、人民はお金の代わりに米を通貨代わりにしている。
それに米と違って腐らないお金があると、お金を多く集めて、資本家になる輩が出るから、原始共産主義を維持するためには、お金は必要がないんだ。
だが、ここまでやっても食糧が足りず、政権発足して1年で人民達は飢餓の危機に陥っている。
きっと、私の社会に反対する反逆者どもが、まともに働かないせいだろう。
完璧な社会を実現するために、もっともっと反逆者を殺さないといけないんだ。」

「そんなに太古の時代がいいのかな?
すぐ死ぬ人間の身体だと、餓えたり、病気にかかったりして簡単にぽんぽん死んじゃうよ?
うーん、私にはポルポト君の気持ちがわからないよ。」

「太古の時代に戻るといっても、食糧生産や医療の方は頑張って何とかするつもりだった。
食糧生産は全人民を都市部から農村へと移住させて農民に戻せばいいだけだし、反対する奴らを全員殺せば、何時か食糧問題は解決するだろう。
病気は医者を全員殺してしまったから、今の所問題だが、子供達が医者になるために頑張ってくれているから何の問題もないと私は聞いている。
それらの政策の結果、今では首都がゴーストタウンだが、原始共産主義社会に都市は必要ないから要らないんだ。」

「そこまでやると、この国を再建する人達が苦労しそうだね。
(子供医者って、大人を解剖していたアレかな?
ポルポト君、部下から正確な報告を聞いてないから、この国の惨状をあんまり知らないのかも。
共産主義って、不効率すぎるから餓える人がたくさん出ちゃうんだよね。)」

ポルポトの口から、次々と色んな政策が飛び出て、その度にラッキーは首を可愛く傾げながら、頭が痛くなりました。
具体的な政策は以下の通りです。
@電話、電報、郵便、ラジオ等の連絡機関の廃止 → 持っていたら知識人とみなして死刑
Aバス、鉄道、飛行機等の移動手段の廃止して、カンボジアヤー国を鎖国。国民の国外逃亡を阻止。逃亡しようとしたら証拠なしで死刑。
B全ての教育機関の廃止と書物の焼却と教員を死刑。
C仏教の禁止、寺や像の破壊。関係者は死刑、もしくは人民の不満をぶつけるための劣等階級として生かす。 寺は有効活用するために豚小屋などにして運用。
D民族音楽や古典舞踊の禁止。その関係者は全員死刑。
E家族概念の解体。2-5歳以上の子供は隔離し、国が教育する。逆らうものは全員死刑
F自由恋愛の禁止。これを破ったら社会風俗をみだしたという理由をつけて死刑。
G指定した相手との強制結婚。
H美女、美男、とにかく死刑
I都市部に住んでいた人間は、新人民という下層階級とする。重労働を課して働かせ、好き勝手に殺しても良い。 
(ポルポト君、自分で階級社会作っちゃっているのに、なんで気がつかないんだろう。)
J農村に住んでいた人間は、優遇されるべき旧人民。でも、密告されたら証拠なしに纏めて殺してもいい。
K社会を発展させる知識人は全員死刑。海外に留学していた不穏分子(学生)は全員処刑
L13歳以下の少年は大人と違って洗脳しやす・・・いや、信用できるから、ポルポトの兵隊になれる権利がある。子供兵を中心とした軍隊の創設。
Mこれらの政策を実行するために犠牲になった人間は200万〜300万人
N結果的に大人のほとんどを処刑。人民の85%が14歳以下の子供。

他にもこの数十倍の内容がポルポトの口から次々と語られました。
こんなにも酷い事をしたポルポトですが、彼の顔は善良そのもの。
悪意なく、膨大な人民を虐殺した事を告げています。
ラッキーは疑問が湧いたから、ポルポトに質問してみました。

「ねぇねぇ、この国って複数の国々と陸路経由で接しているけど、それらの国々と戦争になったらカンボジアヤー国は負けるんじゃないの?
軍隊が13歳以下の子供だらけなんでしょう?
ポルポト君が作った理想社会を、外敵から守れないと何の意味もない世紀的な大量虐殺になっちゃうよ?」

「ああ、それなら大丈夫だ。ラッキーちゃん。」

ポルポトはその善良そうな顔に笑みを浮かべて、誇らしげに語りました。

「地雷を600万個も埋めたから、他の国々が攻めてきても対処できる。
地雷は24時間国境を防衛してくれる完全な兵士だ。
例え、憎きベトナムヤー軍が攻め込んできたとしても、何処に敷設されたか分からない地雷に恐れおののき、我が国を侵略するのは不可能だ。」

「うーん?
うーん?
うーん?
ポルポト君。
独裁者にありがちだけど、そういう事は専門家としっかり相談して任した方がいいんじゃないかな?
地雷だけじゃ、国を守るのは無理だと思うよ。
隣国のベトナムヤー国って、大国のフランスヤー国、超大国アメリカヤー国、中国ヤー国の軍勢と交戦して、軍事的な勝利を何度も収めている精鋭が大量にいる軍隊だよね?
幾らなんでも、子供だらけの軍隊じゃ一カ月もせずにカンボジアヤー国は陥落すると思うよ?
正直、君、頭悪いでしょ?
一国の指導者の器じゃないと思うよ?
こういう時、きちんとした専門家に相談しないと、国を運営するのは不可能だと思うの。」

ラッキーの発言で、ポルポトがまた怒りだしました。
なにせ、ポルポトは自身も国家から奨学金を貰ってフランスに留学した癖に、反体制運動に参加してカンボジアヤー国の政権を取った経緯があるから、虐殺した知識人達が生きていたらツッコミを入れ放題の矛盾だらけの人です。
それを理解しているから、こういうツッコミを入れられると以下のような反応になります。

「ラッキーちゃん!
君は死刑だ!
私が理想とする社会には、君は必要ない!」

「うーん?
元恋人にすらこんな事を言う時点で、独裁者って怖いね。
自分が神様にでもなったつもりなのかな?かな?
君がやってる事はね。
カンボジアヤー国の発展に必要なための人材を全員皆殺しにして、今までの先人の努力を灰燼にするだけの徒労だよ?
六百万個の地雷は、経済の発展と地域の安定を阻害するだろうし、君って本当に馬鹿げた事をたくさんやってるよね。
そんなに子供だらけの国が好きなら、自宅に不幸な孤児をたくさん引き受けて、それで満足していれば良かったんじゃないかな?かな?
あ?ひょっとして小さい子供が好きなだけのロリコンかな?
大人を全部虐殺しようとしている時点で、君はただの臆病者だよ。
ポルポト君が作りたいのは、原始共産主義社会じゃなくて、誰もが君を賛同して受け入れてくれる恐怖の独裁国家を作りたいだけなんじゃないの?」

「死刑!死刑!死刑!死刑!
誰か!
この少女を殺せ! 」

「・・・・・まぁ、もうそれだけ殺したら、手遅れだし、私が何を言っても無意味だよね。
この国の総人口って確か800万人くらいだから、人口の3分の1を虐殺した計算になるのかな?
共産主義はこれだから怖いね。」

馬鹿にされたと思ったポルポトは顔を余計に真っ赤にしています。
異論を言われたくないから、200万〜300万人を殺した人間さんなので、こういうツッコミに激怒したままです。
ラッキーは無人島にポルポトを置き去りにして空に浮かび、新しい国を目指して旅立ちました。
場に残されたのは、自称善良な畜生です。

「死刑!死刑!死刑!
私に反対するものを全員殺せば理想社会が実現するんだ!
死刑!幹部も死刑!疑いがあるものは全員死刑!」









その後、カンボジアヤー国のカンプチア革命軍(ポルポト兵)はベトナムヤー国に喧嘩を売ったから、ベトナムヤー軍が逆に多数の方向から進撃してきて容易く全土が陥落。カンプチア革命軍は二週間で壊滅し、ベトナムヤー国の息がかかったヘン・サムリン政権(カンボジア人民共和国)が誕生しました。
狂気の虐殺劇に終止符が打たれた事にあります。
ポルポトは政権から追われる事になりましたが、アメリカヤー国、タイヤー国、中国ヤー国の支援の元、タイヤー国に拠点を置き、国境を越境しながら反政府勢力として戦いを続け、1998年4月15日に心臓発作で死んで天寿を無事にまっとうしました。
カンボジアヤー国に残されたのは、600万の地雷と、子供だらけの地獄だったそうです。
架空の物語だと懲罰の意味を込めて、ポルポトは不幸になるべきなのですが、現実は無数の脳味噌が勝手に行動する主人公なしの群像劇。
20世紀最悪クラスの酷い事をした人間が不幸にならずに普通に死にました。
墓もアンロン・ベン県にちゃんとあります。




数十年後にラッキーは墓に訪れて、この世界ってなんか理不尽すぎて可笑しいなぁ?因果応報って何だろう?と思いながら、そこらへんに生えている花を添えました。




おしまい。






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