誰も住んでいないはずの廃墟は、今は見違えるような大活気なのです。
師匠は驚いて目をパチパチさせ、自分が正気なのかどうか悩んで大変な感じです。
まぁ、まるで何処かのホラー映画の世界に紛れ込んだ気分になるので気持ちはわかるのですよ?
「やれやれ、世界は不思議な事で満ちているね、ヴィクトリア。
魔法で調べてみたが、彼らは全員が生きた人間だ。
しかし、これは一体どういう事なのだろうね?
さきほどまでは完全に人が住んでいない廃墟だったのに、建物のほとんどが真新しい。
建築してから100年も経過してないね」
師匠の言葉に私は頷いて
「本当、世界は不思議な事だらけなのです。
でも私は答えを持ってないので、近くにいる人たちに話を聞いてみるのはどうでしょう?」
「そうだね、確かにそれが一番てっとり早い。
あと、ヴィクトリア。
何があるかわからないから、僕の手を決して離しちゃ駄目だよ」
「わかったのです」
師匠の手を強く握りました。
なにせ経緯が経緯です。
周りを歩いている人間が、普通の人間とは思えません。
人工の光は所詮、太陽光に及ばないせいか、光の精霊さんの姿も少ないし、私は役立たずです。
……光の精霊、夜の時間帯は本当に使えない子達なのです。
いや、散歩ライフには最適だから、日常面では不満はないですよ?
手始めに、師匠は近くに停車している車の中でハンバーガー(パンに肉を挟んだ食べ物)を販売していた男の店長さんに話しかけました。
車そのものが屋台を兼ねていて、どこでも移動して商売できる店ですけど、大抵は場所代を払わないといけない場所で営業しているから大変なのですよ。
「そこの店主、話を聞きたい」
「おう!お客さん!
ハンバーガーは1コチャイナ元で安いですよ!
そこの可愛い妹さんにも一つどうだい?」
「……コチャイナ元?どこの通貨だい?」
「お客さん!
冗談はよしてくれよ!
大コチャイナ帝国の通貨だろ?
わかったら、さっさとだしなよ!」
師匠は代わりに、世界中、どこでも使えるラッキー銀貨を出しました。
表はエルフの女の子、裏には妖精が描かれているお金なのです。
いやー、よく考えたらこの銀貨も謎ですよね。
世界統一国家の類もないのに、世界共通の貨幣があるなんて、不思議なのです。
でも、この銀貨を見た店長さんは訳がわからないという顔をして、顔を真っ赤にしました。
「いい加減にしろ!
玩具のお金でハンバーガーが欲しいだと?!
これ以上ふざけるなら警察を呼ぶぞ!」
「やれやれ、これが銀貨とわからないなんて、君は損をしているね」
「なに?銀貨だとっ!?」
「ああ、銀貨だ。
そこのハンバーガーを100個ほど買える額のね。
僕は気分が良いから、そこのハンバーガー2個と、この国の事を話してくれたら譲ってあげよう」
店長さんは銀貨を師匠から奪うように取って、銀貨を20秒ほど眺めた後に
「本当にこれは銀貨なんだな!?」
「ああ、そうだよ。
信じないなら返してくれ。
別の人に銀貨を渡して、話を聞くことにするからね」
「わかった!
あんたの事を信じよう!
ほら、ハンバーガー2個だ!さっさと取りな!」
店長さんが渡してきた2個のハンバーガーを私が受け取りました。
わーい!
美味しそうなハンバーガーなのです!
肉がとっても肉厚でジューシーそうで、胡椒も適度にかけられていて、見るだけでヨダレがでますよ!
久しぶりの食事なのです!
師匠も私もエルフだから、ほとんど空気と光と水だけで生活していて、こういう食事をする機会は貴重なのです!
「ヴィクトリア。
2人分食べてもいいよ」
しかも、ヨダレを垂らした私の顔を見て師匠が笑顔でこう言ってくれました!
いやー、ハンバーガーを2個も独占する不肖の弟子ですいません。
では早速いただきます!
ガブリッ
肉、パン、サラダ、レタス、チーズが編み出す味のハーモニーがたまらないのです!
今なら死んでもいい気がします!
食べ物を食べると生きているって実感が湧きますね!
……あれ?……こんな事を最高の贅沢だと思う時点で、私って一体……?
私はゆっくりとハンバーガーを齧って楽しんでいる間に、師匠は店主から必要な話を全て聞き終えて、微笑ましい目線で私を見ていました。
完全に子供扱いされていて、異性として全く見られてない気がする今日この頃なのです。
ロリババアはやっぱり結婚するのが難しいんですかね?
責任取る気があるのなら、私を押し倒していいのですよ?
あー、ハンバーガー美味しい。
肉が美味しいのって若い体の特権な気がします。
年取ると人生に新鮮さがなくなりますからね。
今はずっと身体が若いせいか、毎日が新鮮で良い気分なのです。
「ヴィクトリア。
それを食べ終えてから、さきほど店主から聞いた話を話してあげよう」
「ふぁいなのです」
「食べながら話すのは行儀が悪いよ」
(´〜`)モグモグ、ハンバーガー美味しいです。
10分ほど時間をかけてゆっくりと食べちゃいましたよ。
ハンバーガーの後はコーラーとか飲み物が欲しいですよね。
でも、贅沢な気がするからやめておくのです。
師匠に嫌われたら、私なんてビーム出せるだけのロリですよ。
むしゃーむしゃーゴクンッ!
「師匠!全部食べ終えました!」
「よろしい。
なら、歩きながら私の考察を踏まえて、全て話そう」
「散歩って素敵ですよね」
師匠も散歩が大好きなようでなによりなのです。
師匠と私は手を繋いだまま、この夜の大都会をゆっくり歩きました。
輝くビルだらけの夜景が美しくて、夜のデートをしている気分ですよ。
このまま結婚までゴールインできませんかね?
「まず、先ほどの店主と会話してわかった事がある。
この国の名前は、大コチャイナ帝国。
今から1000年以上前に滅びた人口13億人以上の大帝国だ」
「はい?滅びた国なのですか?」
「ああ、どうして滅亡したのかは謎に包まれているけど、かつて存在した国なのは確かなんだ。
僕のお爺さんが実際に訪れた事があって、その時、話してくれた内容とこの国の光景は一致するからね。
聞いた話だと、この国は内部の治安を守るための軍隊、外敵から国を守るための軍隊の予算が同じくらいあって、二つの軍隊を保有しているも同然の腐敗した国家らしいんだ」
長生きですね、そのお爺さん。
エルフは寿命がないから、ご先祖様が普通に生きてそうなのです。
「そして、どうして僕達がここにいるのか?
これは複数考えられる。
@僕達が時空を超えて1000年前にタイムスリップした。
A大コチャイナ帝国は実は密かに1000年間、存続していた。
B @とA以外の何か。
住んでいる人間は本物だから幽霊というオチもないだろうからね」
「タイムスリップってロマンがありますよね、師匠。
1000年前の時間に取り残されるなんて素敵なのです」
どうせ、この世界での知人はほとんど居ないから、師匠と一緒なら現代も1000年前も似たようなものなのです。
1000年暮らせば現代に戻れると考えれば、親孝行もできて一石二鳥ですよ。
「まぁ、僕達がここで考え事をしても答えはでないかもしれない。
一緒に散歩しながら、国中を見回る事にしよう。
こういう経験は滅多にできないからね。
ヴィクトリア、今日は夜更かしする事になるがいいかい?」
「はい!
散歩大好きですから、師匠との夜のデート……げふんげふん、夜の散歩は大歓迎です!」
……さり気なく、大好き大好きアピールしてるんですけど、師匠が無視するから辛いです。
まぁ、こうして私と師匠は、国中を歩き回る事になりました。
散歩ポイント稼げて最高です。
街の風景も国全体が照明に等しいから明るくて綺麗で、人工の光で寄ってくる光の精霊さん達のおかげで快適ですよ。
それにしても不思議なのは、どうして貧乏そうな人も、裕福そうな人も笑顔で幸せそうなんですかね?
普通、貧困層は将来に絶望しやすいから顔が暗いはずですけど、心に希望が宿っているのです。
しかも口々に
「大コチャイナ帝国は明日から世界を支配する超大国だ!」
「大魔王陛下万歳!」
「人間も神も全て蹂躙して、我らを栄光の元へ!」
「神なんぞ糞くらぇー!死んじまえー!」
「大魔王万歳!大魔王万歳!大魔王万歳!」
いやはや、凄く危険な雰囲気がするのです。
大魔王ですよ。大魔王。
ゲームでいうラスボスに付けられる名称に等しい何かが、この国にいる可能性が高いって事ですよね。
きっと、この国の滅亡にかかわっているに違いないのです。
……あれ?これって、私の死亡フラグ?
隣にいる師匠の顔をチラリと覗いてみると、顔が少し緊張して冷や汗を流しているから、こっちも不安になってきます。
現実はクソゲーですから、序盤のスタート地点を出た途端、ラスボスと遭遇するなんて事もありえると思うだけに、現実は厳しいのですよ。
序盤から適度な相手と戦ってレベルアップできるのは、物語の主人公達の特権ですよね。
あー、スライムとかゴブリンとか、そこらへんの雑魚をぷちぷち潰して地道にレベルアップ人生とかできないですかねー?
国の雰囲気的にラスボス戦になる気がするのです。
もちろん、私のレベルは1ですよ?
考え事しながら歩くと、国の中心部に出ました。
そこは何百万人という人間達が居て大混雑。周辺を銃を持った軍人達が警備しているのです。
まさに人がゴミのようだぁー!と叫びたくなる光景ですね。
入れる隙間が少なすぎて、師匠と私が手を繋ぎながら、ここから先を進むのは無理です。
「ヴィクトリア。
ここから先は空を飛んで進むから、僕の背中に抱きついてくれないかい?」
「師匠。こういうシチュエーションの時はお暇様抱っこなのではないですか?」
師匠が顔を横に振って呆れた顔で
「もしも魔族と戦闘でも発生したら、高速移動の最中にヴィクトリアを振り落としてしまう可能性が高いけど、それでいいのかい?」
「……では、師匠の背中におんぶさせてもらうのです」
よっこらせっと。
背中から抱きついて、師匠の首に私は両手を伸ばしてクロスさせ、体勢を固定させて準備完了しました。
いやー、師匠の背中温かいですねー。
戦闘以外の時におんぶしてもらいたかったのです。
そして、もしも戦いになって死んだら、こんな情けない体勢で死ぬって事ですかね?
「ヴィクトリア、これから空を飛ぶから決して手を離さないように注意するんだよ。
下手したら大魔王とやらと戦いになるかもしれないからね」
師匠はそう言うと、風の精霊魔法で周りの光を歪めて光学迷彩を展開した後に、先ほどの発言通り空を飛びました。
もう一度言います。 空 を 飛 び ま し た 。
私も風の精霊魔法使いたいです!
……はっ!今はそんな事を考える場合じゃありませんでした。
師匠が空を飛んで、一瞬で広場の中央の上空へと移動し、下を見下ろしているのです。
広場の中央には、全長100mはありそうな巨大な門があって、門の下に黒くて高そうなスーツを着た中年の男性が居て、民衆へと向けて演説をしています。
いいですねぇ、いいですねぇ、この中年男性、腹黒な気がしますから、凄いお金持ち臭がして良いのです。
きっととんでもない額を汚職して、小国の国家予算並の財産があるに違いないですよ。
「人民諸君っ!
とうとう5000年の歴史を誇る大コチャイナ帝国が、世界を支配する時が来た!
神と名乗る輩をこの世から駆逐し、人類の栄光の未来を勝ち取るのだ!
勝利は我とともにあり!」
「「「「「「「「「大コチャイナ!大コチャイナ!」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「モウ皇帝陛下万歳!モウ皇帝陛下万歳!」」」」」」」」」」」」」
いい感じに民衆が愚民で素敵なのです。
中年男性……皇帝が立っている場所に居たら、快楽で頭がクラクラする事、間違いなしですよ。
見渡す限り埋め尽くす膨大な数の人間から賞賛されるなんて、独裁国家の権力者じゃないと味わえない快楽って奴なのです。
皇帝さんは、片手に持っている古びた本を掲げて、高らかに叫んでいて楽しそうです。
「この古の古文書の通りに作った門があれば、魔王の中の魔王【エンペラー・オブ・ザ・ナイトメア】を召喚できる!
諸君らの5年間の努力の日々は、この日のためにあったのだ!
余は皇帝として嬉しい!
余をこれほどに慕ってくれる礼は、世界征服で返そうぞ!」
100mある門は、魔王とやらを召喚するための装置なのですか。
世界が危ない気がするのです。
ん?
師匠が信じられない量の風の精霊達を一瞬で集めて、風の刃を気づいたら射出してました。
風の刃は、巨大な門へと突き刺さり、門が真っ二つ……ではなく、風の刃が消滅して、門は無傷なのです。
どれだけ頑丈なのですか、この門。
今の風の刃、戦艦でも簡単に真っ二つにできる威力が少なくともありましたよ。たぶん。
師匠はその後、何千もの風の刃を何度も何度も作り出しては、門や土台を破壊しようと攻撃しましたが、何の効果もないのです。
私の人生、やっぱりここで終了ですかね?
今までの話の流れ的に、大魔王とやらが来たら、この国滅亡ですよね?
1000年前にこの国が滅亡したのって、こんなにも分かりやすい死亡フラグを立てたせいだと思う訳ですよ。
中編に続く