「そんな非道な行いはやめるべきなのです!」
「いいえ!世界を救うためだから仕方ありません!エルフ様!」
私は勇者召喚そのものを止めさせるために、必死に偉い軍人さんと話し合いをその場で3時間続けました。
でも、全く私の主張を受け入れてくれません。
周りの軍人さん達も私の主張に全く納得してくれず、暇そうな顔で私を見ながら和んでました。
なぜ和まれるのか不思議なのです。
私が小さいからですかね?
「エルフ様!
勇者召喚をやめたら、我が国の600年間の努力の歴史がどうなると思いますっ!?
国民が今までの犠牲は何だったんだ!とか叫んであちこちで焼き討ちして 暴動を起こして国が滅亡しますよ!」
「それでも愚行は止めるべきなのです!
毎回、100万人の異世界人を不幸にして死なせる時点で、魔族と何ら変わらない悪行ですよ!」
「たかが100万人が死のうがどうでもいい事です!エルフ様!
結果的に世界を救えば、その何億倍何兆倍という命が救われ、我が国の偉大な功績が世界史に名を残す事間違いなし!
ほら、光龍王様も生前言ってたじゃないですか!
世界存続のためならば、どれだけ損害が出ても構わないって言ってました!」
「そもそも預言そのものに根拠がないじゃないですか!
間違っていたらどうするのです!」
「じゃ、我が国の預言が間違っている事を証明してください!エルフ様!
もしも預言が当たっていて、その時、異世界の勇者様が居なかったら世界が滅亡しますよ!」
「ふざけないで欲しいのです!
それは悪魔の証明ですよ!
存在しないものを証明するなんて不可能なのです!」
「なら我が国の預言が正しいという事でいいですな!」
「そんな妄想のために毎回100万人も殺している時点で駄目なのですー!」
かれこれ、このような進展のないやり取りを3時間ほど繰り返していたのです。
太陽は地平線の彼方へと沈み、今は月明かりと、人間の国の人工の光で集まってくる少ない光の精霊さん達がゆっくりしている時間帯になっていました。
隣にいた師匠は私の肩を二回軽く、ポンッポンッと叩いたので振り向くと
「ヴィクトリア。
もう夜だし、別の国へと向けて旅をしようか?
どうやら、この国はエルフを警戒しているようだからグッスリ休めないしね」
師匠が苦笑していたのです。
「で、でも、ここで止めさせないと、また異世界の人たちが100万人も死んでしまうのですよ?」
「大丈夫さ。
既に勇者を召喚するための装置は、風の精霊たちに見つけてもらってバラバラに切断して壊したよ。
今頃、鉄クズになった装置を見て、国中大騒ぎなんじゃないかな?」
「ふぇっ?」
「ヴィクトリアがそこの軍人さんと会話している間に、暇だったから壊しておいたんだよ。
僕としても、そんな大勢の不幸を産むような装置の存在は許せないからね」
「師匠さすがなのです!
でも、こんな会話を堂々として大丈夫なのですか?
目の前に偉い軍人さんがいますよ?」
「ああ、それなら大丈夫さ。
音が向こうに届かないように風の精霊達にお願いしたからね」
そう言われたので、偉い軍人さんの方を見ていると、何か口をパクパク動かしていますが、音が全くこちら側に伝わってこない状況になっていました。
風の精霊さんって便利ですよね。ほんと。
「さぁ、夜の散歩をしようか、ヴィクトリア」
師匠が右手を差し出してきました。無論、私はすぐに左手を出して手を繋ぎましたよ。
人を待たせるのは悪い事ですからね。
さんぽ、さんぽ、さんぽ、楽しい楽しい夜のさんぽー。
今日の夜は満月+晴天なり。
おかげで月明かりで集まっている光の精霊さん達があちこちに居て楽しい気分なのです。
精霊さんって良いですよね。
元々、他人想いの良い人間さん達なせいか、私を見るだけで近寄ってきてエネルギーを分け与えてくれてありがとうありがとうなのです。
お礼に空いている片手で撫で撫でしてあげますよ。
いやー精霊さん、すごく……外見が人魂です……あ、よく見たら人魂に顔があります。
ー ー
ー
上記のような横線が三つあるのです。
可愛いですねー。精霊さん可愛いですよ。
私のペットにしてもいいですかね?
精霊さんって何を食べて生きてる生物でしたっけ?
光エネルギーとか、正の感情を食べているイメージがあるのです。
?
隣を歩いている師匠が突然立ち止まりました。
「どうしたのですか?師匠」
「武装した軍勢がどうやらこの先にいるようなんだ、ヴィクトリア。
とりあえず森の中に入って、光学迷彩を展開して隠れよう。
争いは避けた方が利口だからね」
「わかったのです」
私達は道の脇にある木々が生い茂る森の中へと入りました。
師匠はすぐに大量の風の精霊を集めて、私達の姿が見えなくなる光学迷彩を光を屈折させて展開。
逆にこちら側からは周りが見えるように工夫しています。
普通、光の透過・回折型の光学迷彩といえば、こちら側からも相手が完全に見えなくなる代物だそうですけど、師匠は少し工夫して私のためにわざわざ向こう側が見えるようにしてくれてます。
光学迷彩を展開したまま、ここでじっと待っていると、道を次々通る車の列が見えました。
全ての車が一般の大衆車や軽トラに機関銃などを載せて、簡易戦闘車両にした代物なのです。
地球だと安いコストで作れるから紛争地帯でよく見かける車両ですけど、これから戦争でも始まるんですかね?
車両に乗っている人達は、色んな事を叫びながら、勇者召喚を過去にやった可笑しい国家の方向へと向かっているのです。
更に可笑しい事に全員の服装がバラバラ。
1人の男が黒いターバンで頭を覆って、両手にイスラム国(西暦2015年時点での世界最大のテロ組織)の国旗を掲げていたり、中国、フランス、ドイツ、アメリカ、イタリア、ロシアの旗もあちこちにあり、一部はソ連、ナチスドイツなどの過去に滅亡した国家の旗を掲げ、当時使われていたデザインセンスが良くて格好いい軍服を着ているのです。
さすがに遥か大昔に滅亡した国家群の国旗と軍服がどんなものか、私にはわかりませんけど、下手したらこの車列の半分が滅亡した国家の旗を掲げている気がします。
前世で一度も見たことがないような奇妙な紋様の国旗が多いんですよね。
彼らは口々に何かを叫びながら、車で道を通り過ぎました。
「アッラーは偉大なりっ!アッラーの他に神はなし!」アラビア語
「革命とは、客を招いてごちそうすることでも無ければ、文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない!そんなお上品でおっとりとした雅やかなものではない!革命とは暴力である!一つの階級が他の階級をうち倒す、激烈な行動なのである!」 中国語
「生きようとする者は戦わなければならない!この永遠の格闘の世界で、争うことを望まない者は生きるに値しない!」 ドイツ語
「地球舐めんなっ!ファンタジー!」 日本語
「世界中で宗教を絶滅させまくった世界宗教を舐めんなっ!キリスト万歳!」英語
「アメリカに帰ってハンバーガーとポテト食べたいー!」英語
「人間はその人の思考の産物にすぎない!人は思っている通りになる!」ヒンディー語
「深く考えるときは時間をかけろ!しかし、戦いが始まったら考えることをやめ、戦え!」フランス語
「私はもうおしまいだ!だれも信用できない!自分さえも!」 ロシア語
ほとんど意味がわからなかったですけど、日本語と英語の一部だけは理解できたのです。
なんですか、この多国籍連合軍は。
今、ヒトラー(ドイツの独裁者)、毛沢東(中国)、スターリン(ソ連)、ナポレオン(フランスの皇帝)と同じ顔のそっくりさんが通りましたよ。
ひょっとして勇者召喚された人間達の生き残り?
よく見たら乗っている車両が、壊れ辛い事で有名な日本のTOYOTA車なのです。
その信頼性から地球のテロリスト御用達しの車両なんですけど、彼らの様子を見る限り、あの国に復讐しに戻ってきたんですかね?
もしくは勇者召喚装置を奪取して、地球に帰ろうとか考えている?
隣にいる師匠は呆れ顔で彼らを見て愚痴ってます。
「やれやれ、よく分からない言葉だけど、どうやら彼らが異世界の勇者達らしいね。
どうやら彼らを召喚した国に復讐するためにやってきたようだけど、ヴィクトリアはどうしたい?
止めたいなら手を貸すよ?
車両を全て壊すだけなら、3秒もかからないしね」
「あの国の自業自得だから止める必要はない気がするのです、師匠。
それに勇者召喚の装置を壊しても、あの国が健在な限り、同じ装置を何時か作って同じ悲劇を繰り返すと思うので悲劇の連鎖を断ち切るためにも、彼らを放置した方が良い気がするのです。
魔族があの国の存在に気づいたら、悪夢の皇帝みたいな化物をまた召喚しそうですし」
「……君がそうしたいなら、そうするとしよう.
これは人間の世界の問題だ。
僕達が気にする必要がそもそもないからね」
私達がこうやって会話している間にも、次々と車両は通過していきました。
どう見ても車両の数は少なくても500
両はあるのです。
あの国はもう終了ですかね?
師匠が国境にあった地雷原と鉄条網を壊したから、防衛設備ありませんよ。
「われわれが絶望の一瞬に発射する化学兵器は、何十万もの人々に死をもたらすことができる!」イラク語
「剣を持ち得る者が、パンを持ち得る!」イタリア語
「生きるものたちのために死んだ者は、死者とは呼ばれない!」スペイン語
「私達が大衆に見せるものがすなわち現実だ! 彼らはそれしか知らないし、知る必要も無い! 彼らに見せなければ、それは存在しないことになるのだ!」 ロシア語
「人民の97%が革命を信じなくても、私は戦い続ける!革命を信じるのが私一人になっても戦い続ける!
なぜなら革命家とは、たとえ一人になっても理想のために戦い続ける人間だからだ!」スペイン語
「いかなる暴君にも必ず終りがある!自由の戦士たちよ、おめでとう!」アラビア語
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ!」英語
「男は生涯において、一事を成せばいい!」日本語
「お前たちは国のために死にに行くのではない!国のために死にたい敵兵を、彼らの国のために死なせてやりに行くのだ!」英語
「戦いは相手次第。生き様は自分次第!」日本語
「視点を変えれば不可能が可能になる!」カルタゴの言語
「可能なら実行する!不可能でも断行する!」フランス語
「兵士が陸軍にいるのではない!兵士そのものが陸軍なのだ!」英語
でも、言っている事の一部から考えるに、これってあの国を滅ぼした後にこの人たちも滅亡するんじゃないですかね?
本当に一部しか理解できなかったですけど、よくこんな異なる思想・人種・宗教・文化だらけの混成軍が出来たもんです。
普通、内部分裂して崩壊しますよ、これ。
あの国に対する憎しみのおかげで、辛うじて団結が出来ているだけなのです。
人間の集団は共通の敵がいないと崩壊する仕様になっているから幸先真っ暗です。
地球でも大日本帝国軍という敵が居なくなった後、中国で数百万規模の陸軍がぶつかり合った大規模内戦しかり、第二次世界大戦が終わった事で戦勝国が分裂して核兵器を突きつけ合う冷戦などなど、人間の歴史は内部分裂と戦いの繰り返しなのです。
隣にいる師匠がどんな顔をしているのか、ふと気になったので見ていると、とても悲しそうな顔で復讐に燃える人間たちを見つめる師匠がそこにいました。
私、師匠の助けになれてますかね?
こういう時、好きな人を慰める方法って、こうやって身体を近づけて腕に抱きつけばいいんでしたっけ?
私の身体、小さいですけどこの温もりが師匠の心の救いになれてますでしょうか?
あ、私の胸と師匠の腕の間に風の精霊さんが挟まれていたのです。
ー ー
ー
あなたも、師匠を慰めてくれるのですか?
本当、あなた達は良い精霊ですよ。尊敬しちゃうのです。
車の列が全て過ぎ去った後、師匠と私はそのまま森の中で宿泊する事になりました。
お互いに体を密着させた状態で草の上に横たわります。
森と森の隙間との間から、夜空に浮かぶ満月と星達の輝きが美しく、光の精霊さんがゆっくり空中に浮かんでいて可愛らしいです。
好きな人とこんな素敵な光景をみれるなんて、まるで少女漫画ですよね。
地球で見る夜空と違って、月が今日だけで10個ぐらい浮いているから、賑やかな夜空ですよ、ほんと。
この惑星、大きな衛星が多すぎるのです。
「ヴィクトリア」
「はい、師匠なんでしょう?」
「今日いった国の事をどう思う?」
「うーん、異世界から召喚される人たちの事を何にも考えてない無責任な国だなぁーって思いました。
あと、国全体が乞食に見えましたよ」
「乞食?君にはそう見えたのかい?」
「ええ、自分達で世界を救おうとは思わず、異世界の勇者頼みな時点で他力本願にも程があるのです。
しかも、その勇者に対する扱いが国からの追放ですよ、追放。
この世界の事を何にも知らない異世界の人々にそんな対応して、道端を埋め尽くすような遺体を量産しちゃう時点で酷過ぎなのです」
「……僕には彼らが、悪いカルト宗教に騙された善人の集団に見えたけどね」
私は首を傾げました。
どう見ても、あの人たちのやっていた事は鬼畜の所業だと思うだけに、彼らが善人には見えないのです。
「いいかい、ヴィクトリア。
人は誰だって、悪人じゃなくて善人でありたいと思う生き物なんだよ。
問題なのは、その善意の方向が完全に間違っていた場合なんだ。
ちょうど、あの人……いや、今までの国のようにね」
「でも、やっている事だけを見れば悪人そのものなのですよ?
今までの国々もそうでしたけど」
「人間という生き物はね。
善意で同じ人間を殺したり、大地震で壊滅した相手国の不幸を祝ったりできる生き物なのさ、ヴィクトリア。
その行いを善行だと信じて疑わなければ、どんな酷い事だって出来る。
なぜなら、その行いは善意という道で舗装されていて、実行する事は良い事だと思い込んでいるからね」
うーん?
地球だとイスラム教徒を虐殺したキリスト教徒の十字軍、ナチスドイツのユダヤ人絶滅政策とかがそれに該当するんですかね?
まぁ、今はそんな事よりも好きな人と一緒に寝転がって夜空を見れる幸せを祝う事にします。
人間もエルフも、生きていれば何時か必ず死にます。
可能なら、この好きな人と一緒に過ごせる時間がいつまでもいつまでも続けばいいなーと思う訳です。
どかーん!どかーん!ドカーン!
タタタタタタ!タタタタタタ!
イヤァー!
AIEEEEEEEEEEEE!NANDE!?NANDE!?YUUSYA!?NANDE!?
遠くから、爆弾や銃声や人の叫びが聞こえてきて、気分が台無しでした。
とりあえず思う事は、不幸は新しい不幸を産むと思うので酷い事はやめた方がいいのです。
人間、限られた時間を好きな人と一緒に過ごすのが一番ですよ、ほんと。
異世界に召喚された地球人達が可哀想可哀想なのです。
あとの心残りは……なんで、あの地球人達、時代も国すらもバラバラな服装をしてたんでしょう?
歴史マニアのコスプレ大会でも地球でやっていたんですかね?
勇者召喚の国 ☛ いいえ死者召喚の国です おしまい
テーマA【小説家になろう】 異世界を救うために勇者が地球から召喚されるのがテンプレ
http://suliruku.blogspot.jp/2015/01/blog-post_17.html
あとがき
(´・ω・`)勇者召喚装置?いいえ、異世界の死人召喚装置でそうろう。
ヒントはセリフと服装。全員、軍人や独裁者、過去の偉人のセリフ。極一部、現在も生きている人混ざってるけど、まぁいいや。
●10年に一度勇者召喚をやる国 召喚する数は地球から無差別に100万人
↓
●ひのきの棒と銅貨10枚渡して、国の外へと追放 魔王倒しにいけ
↓
●100万人、あちこちでのたれ死に。ほぼ全滅。一年以内に国内から退去しない奴は軍隊が駆除する。
↓
●よぉーし今年は勇者召喚やるぞぉー
ヴィクトリア「えい」
どかーん
おしまい