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7国目 レベルとステータスの国【地獄】 その3  
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アリューカは僕を抱き締めたまま、 炎の精霊を用いて周りの空間を歪めて、僕たちの姿が見えないように光学迷彩を展開した。
普通、破壊に偏っている炎の精霊にはこんな事はできないけど、どうやらアリューカの炎の精霊を制御する腕が昔よりも遥かに上達したようだ。

「あ、突然の事だから師匠驚きました?
この国の人間達が私を見ると、土下座して神様のように拝むから、光学迷彩をかけないと気軽に日常風景を見学できないんですよね。
……それに、師匠との最後のデートなんですから、野次馬に邪魔されずに二人っきりで居たいですし」

「……なるほど」

地上の街へと向けて二人でゆっくり移動して降り、昔のように僕の左手をアリューカは右手で掴んで、ニッコリと笑った。
手を繋いでの散歩旅。
始まりはラッキーお祖母さんと手を繋いでの旅だったけど、思えば遠い所まで来たものだ。
最近だけで遥か地下、今は遥か天空の巨大移民船団。
人生、何が起こるかわかったもんじゃないね。

「それじゃ、師匠。
我が国の教育機関【学校】へと招待しましょう」

一瞬で、周りの光景が移り変わり、僕は木造建築に隣接した広大な土のグラウンドに居た。
今のは明らかに炎の精霊魔法による移動ではない。
土の精霊魔法による地面を使った超高速移動……だと思う。
どうやら死の魔王は、僕とアリューカのデートを地面にいる土の精霊達を通して見ながら支援しているようだ。
死の魔王という娘も、きっと優しくて良い娘なんだろう。

「さぁさぁ、師匠!
ここで私の国の素晴らしい教育システムが見れますよ!」

「あ、ああ。
僕も楽しみだよ、アリューカ」

強引に僕は手を引っ張られて、木製の靴箱が大量に並んだ学校の玄関から入り、廊下を歩くと窓越しに教室の中が見えた。
そこでは7歳くらいの子供達が木製の椅子に座り、机にペンやノートなどの勉強道具を広げて、先生の授業を聞いていた。
子供たちの頭の上に表示されている文字とLvは

【ハロォーワークゥ Lv1】 【ムショクLv1】【オニイ・サマLv10】【テン・セイLv1】【テン・プレLv1】【オレ・ツエエLv1】

ほとんどLv1。
1人だけLv10の少年が居て、その子だけはとても自信満々な顔をして、優雅に授業を聞いている。
教室の一番前にいる老けていてハゲ頭の男性教諭の頭上の方は【オリヌシ・ノ・セッキョー Lv61】と表示されていて、とっても偉そうだった。
きっと、頭がツルツルなのは教育者としての立場に見合うくらいに、ストレスが一杯溜まるような生活をしてきたせいだろう。
人間の頭がハゲるのはストレスが原因と聞いた事があるからね。
男性教諭は、生徒たちが立派な大人に育てるために、将来への危機感を持たせようと必死に演説している。

「いいか!お前たちはまだLv1の雑魚だ!
社会の何の役にも立たないゴミだ!いや!むしろゴミの方がマシだ!
ゴミはリサイクルすれば資源として活躍できるが、お前たちは社会に莫大な負担をかけているクズだ!
だがっ!ここは天帝アリューカ陛下のおかげで個人の努力や功績が公平に認められる社会!
努力すれば絶対立派な人間になれる!
私の仕事はお前たちをクズから黄金やプラチナのような価値を持つ人間に育て上げる事だ!
絶対にLv0のようなクズにはなるなよ!クズにはな!怠け者と無能にはきつーいきつーい生き地獄が待っているぞ!
いいか!?わかったな!?
わかったら、はい先生!と叫べ!」

「「「「「はい先生!」」」」」

「よし、授業を始める前に質問はあるか?
質問したいなら手をあげてから質問しろよ!
他人の意見に流されるだけの人間は、立派な大人になれないぞ!」

「先生ー!質問ですー!」

「はい。テン・プレ Lv1。言いたまえ」

男性教諭は演説の時とは違い、静かに落ち着いて幼い少年に対応していた。それはそうだろう。相手は幼すぎる子供。会話で怒鳴り散らしていたら、子供が怖がってしまうから当然だった。

「なんでオニイ・サマLv10は、僕と同じ年齢なのにLvが10もあるんですかー?」

「それは簡単だ。
オニイ・サマLv10は、歴史に名前を残すレベルの天才児だからだ」

「?」

「テン・プレ Lv1はわかってない顔をしているな?
例をあげるならばテン・プレ Lv1が血ヘドを吐きながら20年かけてやる努力を、オニイ・サマLv10が本気を出せば1日で達成できる。
テレビゲームなら、誰でもステータスとレベルの上がり方は公平だが、現実は個体の性能差によって結果が変わるんだ。
テン・プレ Lv1のステータスの上がり方が1や2の足し算だとすると、オニイ・サマLv10のステータスの上がり方は2の十乗(2×2×2×2×2×2×2×2×2×2=1024)だ」

「そ、それって不公平じゃないですか!
何処が公平な社会なんですか!?絶対可笑しいです!」

「いいや、これが公平な社会というものだテン・プレ Lv1。
公平に 実 力 と 功 績  を評価する事によって社会を発展させるために、このLv換算制度があるんだ。
テン・プレ Lv1が一生かけてやる努力を、オニイ・サマLv10は三日で成し遂げてしまうだろうが、それは仕方のない事だ。
だが、テン・プレ Lv1や他の皆にも逆転するチャンスがある。
それは」

「「「「「「「それは?」」」」」」」

子供達がオニイ・サマLv10に負けたくないから、先生の話を必死に聞こうとしている所が僕には微笑ましかった。
「歴史に残るような偉大な功績を残せば、オニイ・サマLv10を超える事が可能だ。
例を上げるなら、精霊を低コストで量産化、負の感情を大量生産する生物の製造、核融合炉の実用化、ウンコから食べ物を作るとか、誰も成功してない事を成功すればオニイ・サマLv10を余裕で超える事ができる。
だから、諦めるな!頑張れ!
オニイ・サマLv10に追いつけなくても、努力して恥がない人生を送ってくれれば、先生は嬉しいぞ!
わかったら、はい先生と叫べ!いいな!」

「「「「「「「はい!先生ー!」」」」」」」

「なら、授業を始める!
まずは数学からだ!
二次関数をやるぞ!」

なるほど、この社会はLvが頭上に表示されるから、皆が努力してLvをあげる事に必死なのか。
怠け者を減らすために、アリューカはきっとこの制度を作ったんだろう。

「アリューカ。
この教育現場が僕に見せたかったものかい?」

「ええ、そうです。師匠。
人間にこうやって競争させるように仕向けると、適度に負の感情が出て美味しい上に、役に立つ人間になろうと自発的に頑張ってくれるんです。
この国が宇宙へ飛び立って、宇宙で生活できるような科学力があるのもそのおかげなんですよ」

「……負の感情は美味しいかい?」

「はい、人間は普通に生活するだけで、優れた他者に嫉妬し、劣った者を見下しますから、とっても美味しいですよ。
それじゃ、師匠。次は就職活動中の大学生を見に行きましょうか」

またもや周りの光景が変わった。
次来た場所は、とても大きな大きな数万人を収容できそうなサイズのドームだった。
天井には無数の照明設備があり、地上には企業ブース(机と椅子と面接官)があちこちに大量にある。
黒い背広を来た少年・少女達が、企業ブースに列を作って並び、手に履歴書が入ったファィルを全員が持っていた。

【アンドレー・ポーク Lv1】【ブラウン・スパイクLv5】【リンチ・ウラギリ Lv5】【ムショク・ワーク Lv9】【サビ・ザン Lv15】【ム・ノウ Lv2】【理屈・倒れLv10】【奇跡の魔術師Lv500】【食詰め Lv65】【金髪Lv200】【赤髪Lv178】【沈黙Lv70】【突撃馬鹿 Lv90】【鉄壁 Lv100】【早漏れ Lv150】【義眼 Lv131】【原始人の勇者Lv30】【種無 Lv140】【ロリコンLv90】

しかし、あちこちにある企業ブースは、地上の国々と違う点がある。
それはLV制限だった。
大企業と思われる連中がいる企業ブースの旗には【Lv50以上だけ募集】と書いてあり、それ以下のLvの若者が来ると、面接官は邪魔そうな顔で

「はーい!はーい!この企業ブースは大企業ムダスンの幹部候補を採用するための企業ブースだよー!
え?君のLvは10だよね?
普通だね!帰った!帰った!
もっとLvを上げてから来ようね!」

「お願いでず!
ごごに就職できないど!ママに怒られるんでず!
就職ざぜでぐだざい!
死ぬ気で働きますがら!」

「あのね、ここはエリート専用の就職口なの?わかる?
君みたいに努力してない子が来ていい場所じゃないの。
わかったら、中小企業に就職して、そこでLv上げしたら?
就職したかったら、ちゃんと努力してLv上げだ。Lv上げ」

若者はその場で泣き出した。
この少年はまだ良い。Lv10だから可能性がある。
問題は、Lvが低すぎる少年・少女達が泣きながら、あちこちの企業ブースを必死に見て回るが、Lv制限のせいでそこで面接を受ける事すらできないという事だ。

「お願いでず!給料いらないがら働かせてぐだざい!社会貢献じないとLv0になってしまうんです!」
「君、Lv1だろ?ゴミがくんな。社会のクズ。さっさと処刑所で殺処分されろ」

「仕事をぐだざい!最近、割り算と足し算を覚えましだ!頭悪いげど死ぬ気で努力じだんです!」
「はっ?そんなの睡眠学習で3歳くらいで覚えるだろ?20年間何して生きてきたの?無能は死んだ方がいいよ?」

「非正規社員になりだぐないんでず!一生、忠誠を誓いまずがら、入社ざぜでぐだざい!」
「Lv1の時点でねー、その言葉に説得力ないんだよねー、わかれよー」

ここで見たものは冷酷なまでのLv絶対主義。
面接官達は、他の人達にはそれなりに親切に応対しているのに、Lvが低すぎる人たちを見た途端、顔を歪めて心の底から軽蔑している。
能力が低い者達は職にすらつけないというのか……?

「……アリューカ。
君に聞きたい事がある。
Lvが低い人たちに職はあるのかい?」

「ええ、ありますよ。
弁当にタンポポを載せる仕事とか、新薬の実験体になる仕事とか、低賃金の仕事がたくさんあります。
大半は機械化しようと思えば出来る分野なんですけど、こういう子達のために、仕事を残してるんですよね。
一生、負け組になった時の絶望感とか美味しくてデリシャス♫」

「なんとか助けてあげようとは思わないのかい?」

「仕方ないんですよ、師匠。
ここは能力があって努力する者達が報われる社会ですし、それに他の国でのこういう子達の扱いはもっと悲惨な事は知っていますよね?
普通の国家でも、ここまで無能だと奴隷扱いされて無報酬で一日18時間労働は当たり前、殴る蹴るの暴力を受けて当たり前、最悪の場合は餓死して路上で死体になる。
それに比べれば、私の作った国はなんて優しいんでしょう」

アリューカの笑顔は全く崩れない。どうやら心の底から自分の行いが優しいと思っているようだ。
僕は会場のあちこちで泣き喚いている若者達を見た。
明らかに頭や身体に障害がある子達がちらほらいて、どれもLv1だ。
最初からいくら努力しても、ステータスがほとんど上がらず、努力しても何の見返りもない生まれついての最底辺。
だが、これは仕方のない事なのかもしれなかった。
現実はとても厳しい世界だ。弱いと酷い目に合う。
僕はエルフとして生まれたおかげで、比較的強者になりやすかったけど、この世界のほとんどの生き物は過酷な競争に晒されて争っているんだ。
逆に弱者保護をしすぎたせいで、弱者が弱者という名前の特権階級となってしまい、強者を駆逐して衰退した国家なんてものを見た事がある。
人間達全てが幸せになる国家なんて、あの現実での可能性を全て閉じた風龍王の自称天国くらいだろう。
本当、現実は難しい。
逆に【奇跡の魔術師Lv500】【食詰め Lv65】【金髪Lv200】【赤髪Lv178】【沈黙Lv70】【突撃馬鹿 Lv90】【鉄壁 Lv100】【早漏れ Lv150】【義眼 Lv131】の9人は、列に並ばなくても大企業の人たちの方からお偉いさんがやってきて、色んな豪華な贈り物を有能な若者達に渡して熱心に勧誘してくる。

「そこの金髪Lv200君!今、我が社に就職すれば月収1000万で役員待遇だよ!」
「ナッツ会社に就職しないかい?この前の事件で売上が6倍になった会社だよ!今ならご令嬢様と結婚できて後継になれるかもしれない!」
「食詰め Lv65君、うちの所に幹部待遇で入社しないかい?」

金髪Lv200「ええい!うるさい!俺は将来的に首相になる男だ!ここには物見遊山に来ただけだ!帰れ!贈り物などいらぬ!」

「「「「そんなー」」」」

圧倒的なまでのLv格差社会がそこにあった。
無能は軽蔑され、有能だとされる者達が優遇される公平社会。
Lvという形で能力が評価されるおかげで、無能と有能の区別が簡単についてしまう。
だが、このLvは絶対なのか?
人間には基本、職業への適正で向いている職業や、向いてない職業があるはず。
それすらもLvは評価しているのか?

「……アリューカ。
聞きたい事がある」

「はい、師匠なんでしょうか?
何でも答えてあげますよ?
あ、夫婦の夜の生活とかは恥ずかしいので秘密です」

「人間によって適正がある職業、適正がない職業があるはずだ。
例えば、力仕事をする職業に、賢さばっかり評価された人間が就職してもそんなに頑張れないだろう。
逆に身体能力だけが高い人間が、頭脳の良さが必要とされる技術職や研究職に就職しても役に立たないはずだ。
それをどうやって評価している?」

「普通に職業適正シートを就職活動する人間達に渡して、そこからあとは本人の自由意思ですよ、師匠。
不向きな職業に就職しても、国は一切責任を取りません。
自分で選んだ人生だから、それは自己責任って奴です。
これを我が国では【憲法第22条第1項 職業選択の自由】と呼んでいます」

意外とまともだった。
そうだった。ここはアリューカが作った公平な国。
少し酷い所があったとしても、他の国に比べれば……きっと遥かにマシなんだろう。
ユートピア(理想郷)は現実には決して存在しないからこそ、ユートピアなんだ。

「あ、でも、一概に自己責任とは言えない事もありますよ?師匠」

「え?」

「高賃金の仕事って、人気があって倍率凄く高いですから、Lv14以下の人間達の9割は低賃金で地味で苦労する職業に就くしかないんですよね。
そこから頑張って働いて社会貢献をして、Lvを上げて他の会社に転職してスキルアップするのが一般的なので、これは仕方のない事なんです。
まぁ、問題があるとしたら、就職した若者達がLvを上げる前に会社に嫌気がさして何度も退職して、労働条件が悪い会社しか就職先がなかったり、過酷な労働条件で欝になって自殺したりしてます。
こればかりはどう改善すればいいのか、私にも分からないんです。
経済は魔物と、昔の学者は言いましたけど実感してますよ、ほんと」

「……現実はほんとままならないね、アリューカ。
みんなが幸せになる道は、やはり存在しないのかい?」

「ええ、師匠と私が結婚する未来がなかったように、現実は酷い事まみれですよ。
でも、私なりに頑張って、国民の大半が普通に暮らして普通に死ねる国家になりましたし、人間はこれでいいんだと思います」

「ところでアリューカ。今、気づいたんだが……」

「はい、なんでしょう?」

「あっちから大量に負の感情が漏れているのだが……一体、 あ そ こ で 何 を や っ て い る ?」

僕が指で指し示した方向には、常に負の感情が滝のように溢れ出す可笑しい場所があった。
明らかにあそこで、人間達がひどい目にあっている。
風の精霊達で探査したら、中には大勢の人間達が透明な柩の中で、風龍王が作った自称天国のように寝かされて、何か悪い悪夢を見せられているようだ。
しかし、アーリュカは、この指摘でも可愛い笑顔を崩さずに何ともない口調で

「あそこは極悪犯罪者を収容した処刑所ですよ、師匠。
人間を2人以上殺したり、反政府活動したり、経済的に何億もの被害を与えた悪いー悪いー人間達を死ぬまでひどい目に合わせる場所です。
……見てみますか?
私的には美味しい美味しい高級料亭みたいなものなんですけど、エルフの師匠にはちょっと辛い光景かもしれませんよ?」

「ああ、見せてもらおうか。
君が作った国の現実をね」

「じゃ、行きましょうか。
きっと師匠に嫌わちゃうと思いますけど、仕方ないですよね」

僕が静かな怒りを口調に込めても、アーリュカは全く笑みを崩さなかった。
アーリュカ。
昔とは完全に違う生き物になってしまったんだね。
あの頃の可愛い可愛いアーリュカ、さようなら。
今、僕の目の前にいるのは彼女そっくりの姿をした怪物だ。
人神と名乗っているけど、負の感情を食べて生きている以上、価値観が変容するのは当たり前だった。
昔の彼女なら、これほどまでにひどい絶望を生産するような真似は絶対しないはずなんだ。



その4に続く(4話構成)
 




テーマ@【レベルとステータスが表示される世界は、なろう小説のテンプレ】
http://suliruku.blogspot.jp/2014/12/blog-post_28.html
テーマA【隕石落としはロマン。妾が管理してない人間は全員しんじゃえー by 風龍王】


使っていたネタの元ネタ一覧

ピーナッツ・リターン事件
http://suliruku.futene.net/uratop_2ch/2zi_zyanru/Kankoku_Pi-natu_rita-n.html
現在でも奴隷制度が横行している社会だった件、障害者を1日18時間強制労働
http://suliruku.futene.net/1uratop/Rekisimono/Higasi_Azia/Tyousen/237.html

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