恐怖で後ずさる騎士団長。
ユキトが言った『地球連合軍』という言葉で納得した。
「そ、そうか!
我らの事を敵対陣営だと勘違いしたのだな!?
我らはユーラシア大陸軍だろうが、地球連合軍だろうが、どっちだって高待遇で迎える用意がある!
こ、この不幸な事故は忘れよう!そうしよう!」
騎士団長の楽観的な予測を余所に、ユキトはヤレヤレっと残念そうに顔を横に二度振った。
漆黒の瞳が騎士団長を睨みつける。
「……僕達が、君の国に尽くす義理はないのさ。
軍人は祖国のために戦う職業だからね。
関係のない外国のために働く気はないよ。死ぬほど面倒臭いし」
「ば、馬鹿なっ!ユーラシア大陸軍の軍人は大人しく従ったぞっ!?
男なら高い給料を貰ってハーレムが出来る環境が用意されたならばっ!王国に仕えるべきだっ!」
「彼らは地球に帰っても、帰る場所がないんだよ。
敗戦した国の魔法師は悲惨でね……努力が全く報われないのさ。
って言いたいけど、さっき死んだヤン中尉は世界大戦が起きる前に、こっちに来てすぐ従ったケースか。
やれやれ、世界は例外だらけだね」
そう言った後に、ユキトは騎士団長に召喚魔法を使わせるために、危機的状況を演出する事にした。
コピー魔法師は、他者の魔法を分析して、性能が劣化した軽い魔法プログラムを作る事が出来る。
召喚魔法をコピーすれば、地球に帰れる可能性だって……ある。
だから騎士団長に召喚魔法を使って欲しい。
誰だって自分の命は大切だ。命の危機に晒されたら召喚魔法を使うはず。
そう思ってユキトは魔法を使った。
【物体操作プログラム起動】
燃え盛る炎弾50本を生成。騎士団長に当たらないコースへと向けて加速して飛ばす。
騎士団長の近くを通り過ぎた秒速1mの炎弾は、遠くにあったビルを吹き飛ばし、瓦礫の山へと変えた。
ビルが崩れ去るドォーンっ!という音を聞いて騎士団長は
――こいつ、私を殺す気満々だ。こいつを殺さないと殺される。
と思い込み、冷や汗を流し、心臓が爆発しそうなほどにドクンッ!ドクンっ!と脈動した。
「僕はこれから君を殺そうと思う。
ルナと僕の幸せなニート人生をぶち壊したんだ。
その責任を取って死んでくれ、豚のような惨めな最後をプレゼントしてあげるよ」
「え〜?ウチとユキトの幸せな人生?
ひょっとして告白されたん?ウチ嬉しいわ〜」
ルナは顔を赤くして嬉しそうにツッコミを入れた。
ユキトは殺意がある演技を続けるために、ヤンデレ娘をスルーする。
目の前の騎士団長に、さっさと召喚魔法を使わせようと……ユキトは殺意を視線に込めて、強く睨んだ。
「わ、私を殺す気かね!?
その脅しには屈しないぞ!」
だが、召喚魔法を使おうとしない。こんなに命が危険な状況なのに。
ユキトは首を傾げ、少し推理して適当にカマをかけてみた。
「騎士団長……召喚魔法は使わないのかい?
ひょっとして発動するのに膨大な時間がかかったりする?」
「あ、当たり前だろ!
百人の魂をあの世へ送る代わりにっ!異世界から指定した人材を召喚する生贄魔法だぞ!」
「さっきルナの攻撃で四千人死んだから、その魂を使えばいいんじゃないかい?」
「おおっ!そうだなっ!
そうだった!後悔するが良い!異世界の悪党め!」
「……やれやれ、拉致った側の癖によく言うよ。
本当に殺したくなってきた」
騎士団長は元気よく立ち上がった。
その場で謎の踊りをする。
オッサンのお尻を右に左にゆらーゆらー。
太陽さんぽか〜ぽか〜。
魔法さんは屁から出るよ〜。ドラゴンさん出るよ〜。
巨大なドラゴンさん出る〜!ゆわわーい。
見苦しいから……以下略
ルナの思考が固まった。ユキトは分析プログラムを稼働させながら、苦しい思いで見続けている。
騎士団長のお尻から魔法陣が出て、空中に浮かび上がった。
ユキトは睨んで解析しまくる。
――異世界の魔法は尻から出るのか……魔法陣に、謎の言語が多数使われているが、世界全体にかかっている翻訳魔法のおかげで意味がすぐに理解できた。
この召喚魔法は、世界を覆う意識集合体に、人間の魂を大量に送って刺激を与え、世界の壁を越える凄い魔法だ。
問題点があるとするならば、この魔法陣では術者は移動できないし、地球から人を召喚することは出来ても、この世界から地球に人を送ることはできない。
どうやら、この世界と地球が存在した宇宙の関係は
地球が存在した宇宙 ⇒ この世界
一方通行の構造らしい。
つまり……理論上、僕達は地球に二度と帰る事が出来ない。しかも
「なんだ……これは……無駄がありすぎる?」
地球から指定した条件を揃える人物を召喚する際に、無関係の人物を数百人単位で召喚して、ランダムにこの異世界各地に飛ばすバグが魔法陣にあった。
「こんな酷い魔法を使っていたのか……?」
――この魔法を放置したら、これからも延々と、地球に住む人間に大量の犠牲者が出てしまう。
そう理解したユキトは、騎士団長の魔法陣に対処するために行動した。
【物体操作プログラム停止。電子プログラム起動】
脳内に響く機械音声。電子魔法は簡単に言えば魔法関連のプログラムを作ったり改造したり破壊する魔法だ。
この魔法陣を二度と動作させないために、発動寸前の魔法陣のプログラムを一部書き換え、世界を覆う意識集合体へと侵入《クラッキング》。
作成した電子破壊ウィルスを注入した。ウィルスに感染した意識集合体はすぐにウィルスを敵と判断して排除。
この国が使う魔法陣で二度と接続できないように、抗体を作り出した。
騎士団長の魔法陣は接続を拒否されて……召喚魔法が発動しなくなった。永遠に。
「あれ……?」
騎士団長は戸惑う。
魔法陣を発動させたはずなのに、召喚しようとしたドラゴンが現れない事に。(召喚に成功しても重力魔法の餌食になって、自分の体重でミンチになるだけだが)
……この国は、この日、滅亡する事が決定した。
頼みの綱の召喚魔法は、意識集合体に拒否られて二度と使えない。
地球の貴重な人材を拉致れない。戦力が足りない。
つまり、広大な領域を支配できなくなって崩壊する運命にある。
【解析完了。あなたは空間構造の理解を深めた。転移プログラムを作成します】
脳内に響く機械音声とともにユキトは全て終わったと判断し、隣で暇そうに……基地をドカドカーン!と氷の槍を飛ばして破壊しているルナに話しかけた。
「ルナ、全部終わったよ。新しい魔法をゲットできてラッキーさ。
……いや、年金生活が台無しになった事に比べたら不幸か……はぁ……辛いね」
「ユキト〜よく分からんけど電子魔法戦やってたん?
あれ地味やから、ウチは面白くないんよ」
「ああ、そうさ。
この国の魔法陣を改造して、破壊ウィルスを意識集合体に送りつけてやったよ。
ウィルスに対抗するための抗体が発生して、この国の召喚魔法は接続を拒否られて二度と使えないって寸法さ」
「エゲつないな〜。
でも、ウチはそんなユキトが好きやで〜」
「ヤンデレって怖いのか、優しいのか、僕には分からなくなってきたよ……」
ルナとユキトはお互いの手と手を握り合い、明るい雰囲気でこの国から立ち去ろう歩み始めた。
その背後から騎士団長の罵声が聞こえる。
「き、貴様ぁー!貴様が召喚魔法を使えなくしたのか!
この国が崩壊するぞ!1億の民が不幸になるぞ!
貴様はそれで良いのか!」
ユキトは振り返らずに答えた。
「君達は一方的に召喚して、僕とルナの年金ニート生活を犠牲にしたんだ。
なら、地球人が召喚されないようにするために、ついでに僕の憂さ晴らしのためにも、君達の全人生が犠牲になるのも仕方ない事なのさ。
等価交換という奴だよ。常識的に考えて」
「つ、釣り合いが取れるかぁー!
死ねぇー!」
騎士団長が地面に転がっていた自動小銃を手に取り、ユキト達に向けようしたが……その手には、ルナが作った大きな氷の槍が刺さっていた。
痛みに悶絶して苦しむ騎士団長。足にも槍が突き刺さっている。
後遺症間違いなしの重態だ。ヤンデレ娘怖い。
それらを魔法で見ながらユキトは呟く。
「君達のために何人の地球人が犠牲になったのか、僕は知らないよ。
僕は君みたいなクズが気に入らないんだ。
無理やり拉致して、言う事を聞かせようとする。
そんなふざけた国には仕えたくもないし、住みたくもないのさ。
じゃ、さようならだ。
二度と会う事はないだろう」
【転移プログラム起動】
新しく作成した劣化コピー魔法が発動する。
ユキトとルナの周りの空間が歪み、百m先にある駐車場の空間を繋ぎ、一気にそこに移動した。
駐車場には、戦車、装甲車など色んな車両が止まっている。
ルナは目を輝かせながら、エルフ耳をピョコッピョコッ!緑色の大型トラックの方向へと走った。
鍵を物体操作魔法で瞬時に作り出し、扉の鍵穴に差し込み、ガチャッ!と開ける。
「ウチ、こういう車が好きやねん。
ウチが運転できるように改造するから、3秒待ってな」
「やれやれ……異世界に来て車上荒らしか」
「ウチとユキトの幸せな生活を破壊したんやから、これくらい貰わんとあかんで〜。
約束された軍人年金が台無しや〜」
「君のそういう経済感覚がある所に救われるよ……」
ルナが運転席に座り、ユキトが嬢主席に座る。
ハンドルの脇にある鍵穴に鍵を入れ、トラックのエンジンを動かした。トラックはすぐに駐車場から離れ、基地の外へと向かう。
道中、破壊した方が良さそうな施設・車両・船・飛行機・軍人に、氷の槍や炎弾をぶち込み、混乱を拡大させながら逃げる。
飛行機の滑走路は破壊され、大量の武器弾薬がある倉庫は瓦礫の下。
基地の外部を覆う鉄条網を魔法で操作して、平らな道にして一般車道へと出た。
ついでにトラックの外装も物体操作魔法で変更して、地味な銀色にする。
それらの作業を全てやり終えたユキトは、日本のとある漫画を思い出した。
「まるで僕達がやっている事はルパン三世だね……」
「なら、ウチは峰不二子なんかな〜?
好きな男を誑かす魔性の女やな〜」
「そんなに可愛くてヤンデレな峰不二子はいないさ」
「可愛いと褒められると、ウチは嬉しいな〜」
「怖くて可愛いよ、うん」
トラックが車道を走り去った後。ユキトはコンクリートで舗装された道路を、物体操作魔法で大穴を開けて破壊して使用不可能状態にする。
少しでも追撃される危険性を減らすために、市民生活へ大迷惑をかけまくりながら、トラックで逃走し続けた。
「……ところでユキト。
ウチらの人生、これからどうしますん?」
「元の世界に帰るのは不可能っぽいしね。
商売やりながら、住み心地が良さそうなマトモな国を探すとするさ。
良かったらルナも来るかい?」
ルナは妖精のように可憐な顔に笑みを浮かべて
「ウチはユキトが好きやしな〜。
第三次世界大戦生き残れたのもユキトのおかげやし、人生の最後まで付いていくんやで〜」
「……たまにルナの事をストーカーだと思う自分がいるよ」
「ウチ、ユキトが死んだら自殺するから、自殺するのはやめてな〜」
ユキトはそんなルナを見て苦笑い。
彼らのトラックが通り過ぎた後に残ったのは。
国を真っ二つに横断する形で残骸になっている『破壊された軍隊』だった。
航空機は数十倍の重力の餌食になって地上に落下。
装甲車は装甲ごと氷の槍に貫かれてスクラップ。
最強戦力である魔法師達は
「げぇ!大戦の英雄じゃねぇか!逃げろぉー!」
「この国はもう駄目だぁー!」
「薬物はどこだァー!」
「可能な限り薬を奪って逃げるぞ!」
と叫んで逃げた。
そこに勇者は誰もいなかった。
1話「勇者召喚の国」
(物理的な意味でも)おしまい
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