時は一週間前に遡る――
★テンプレ異世界転移★
「すまないにゃー、吾輩の冒険はここまでのようだにゃー」
その言葉とともに、猫みたいな外見をした少女が、ガラスのようにパリンッと砕け散った。
王は絶望した。
この瞬間、生きている人間は王以外に誰も居なくなった。
虚しい気分になり、玉座に腰掛ける。
「……とうとう、最後の1人になってしまったな」
白い無表情な仮面を被った王――ナポが寂しそうに呟く。
赤いスーツを着こなし、彼の背中には黒いマントがあった。手には白い手袋を嵌めている。
『無駄に洗練された無駄のない無駄な衣装』だ。
「マスター、残念ですか?」
男の問いに答えたのは、巫女服を纏った、金髪の狐娘ミーニャン。
狐耳がピョコピョコ激しく動き、お尻に大きな黄金の尻尾が生えている。
彼女はナポの正面に立ち、首を傾げていた。
「……本当に残念だ、ミーニャン。
物語の終わりは……何時も悲しい気分になる」
「でも、楽しかったですよね?
モフモフ・オンラインで過ごした……1000年間」
「……そうだな。
確かに楽しかった。
皆が生きていた最初の200年間、毎日が新鮮だった。
黄金よりも遥かに価値がある、長い冒険の日々。
宇宙戦争ゴッコを毎日のようにしていた頃は……本当に心の底から笑えた。
死んで無に帰った、彼らの事を、私は死ぬまで忘れる事はないだろう」
モフモフ・オンライン。
回復の望みが薄い終末期医療患者用に作られた実験的VRゲームの事だ。
残された少ない人生を有効活用できるように、時間が100倍加速され、ゲーム内で100年間過ごしても現実では1年しか経過しないという優れもの。
プレイヤー達は加速された長い時間を使って、モフモフな獣人達だらけの大陸を舞台に、スキルをカスタマイズしたり、空中要塞を召喚出来たりする圧倒的な自由度を楽しんだ。
宇宙戦争をするも良し、ダンジョンを探索するのも作るのも良し、生産職として建造物や農作物を作るも良し、気ままに旅をする事も許される。
患者達の体が死ぬまでの間、自由に遊んで楽しく過ごして貰うために作られた――悲しいゲーム。
ナポは、プレイヤー最後の生き残りだ。
このゲームは一度接続したら二度と現実に戻れない欠陥があり……ゲーム内時間で800年以上、新しいプレイヤーが入っていない。
「……ミーニャン。
私の体は、あとどれくらいで死ぬと思う?」
「それは……患者に教えちゃダメって言われているから、ダメなんです。
ごめんなさい」
ミーニャンが頭を下げた。
ナポはそんな彼女の姿を見て哀れむ。
「謝るのは私の方だ。
トラックに轢かれて……植物人間状態になった私を君は励ましてくれた。
ミーニャンが居なかったら、立ち直るのに時間がかかって、仲間達と一緒に長い長い冒険に参加できなかったはずだ。
君には返せないほどの恩がある」
「私は生活支援インターフェースです。
マスターに仕えるのが喜びなんです。
私も……千年間、幸せでしたよ?」
ミーニャンが優しく微笑む。
どこまでも優しくて……私にもったいない素晴らしい狐娘だ、ナポはそう思った。
「……私が死ねば、君も機能を停止する。
それに納得しているのか?」
「はい。
道具は道具としての使命を果たせるのが幸せなんです。
だから、気にしないでください、マスター」
ナポの目から涙が出た。
仮面から一粒滴り落ちる。
「……そうか。
こんな私のために、一緒に無に帰ってくれるのか」
「……私達ってかなり、ロマンチックな人生の終わり方をしてますよね。
誰も居なくなった世界で二人っきり。
とっても詩的で贅沢です、マスター」
「ありがとう、ミーニャン。
君は最高の……パートナーだ」
「もっふふー」
ミーニャンが晴れやかな笑みを浮かべた、その時、異変が起きた。
ナポの現実の身体が死んだ……酸素が脳に届かなくなり、ナポの意識は闇に落ちる。
プレイヤーが1人も居なくなったゲームは停止した。
彼は死の瞬間まで、スタイリッシュな(無駄に恰好良い)男だった。
★異世界「ゆっくりしていってね!」★
良い香りがして、ナポは目を覚ました。
匂いの元は……彼の赤いズボンの足元で眠っているミーニャンだった。
すやすや気持ちよさそうに眠っている。
「……匂いがする?」
――ナポは可笑しい事に気がついた。
このゲームには、匂い情報は再現されていない。
そして、新たな異変に気がついた。
先ほどまで、モフモフ城の玉座の間に居たのに、上にはあったはずの天井はなく、青い大空が広がっている。
ナポの周りにあるのは、崩れ落ちた『城の建材』だった。
破片と化した石壁や柱に、『銃弾の跡』があり、城全体が『大砲や爆弾』で破壊されたかのようにボロボロだ。
「……ここは何処だ?
私は何故生きている?」
戸惑いながらナポは立ち上がった。すると
――力だ。
身体から力が溢れている。
ゲームの頃よりも遥かに全能感を感じた。
試しにゲームの頃のように指先に力を込め、遠い遠い山に目標を定めて、指をパッチンと優雅に鳴らす。
ドキューンっ!
真っ黒なマイクロ・ブラックホールが現れ。幅1kmサイズの山を巻き込んで圧縮して消滅した。
次に、10mサイズの石の柱に向けて、人差し指を向け、力と殺意を込めると
ビューン!
指先から超高熱のビームが出て、柱を貫通、近くにある300mサイズの小山を貫き、真っ二つにして溶かした。
山も柱も、ゲームの頃は破壊不可オブジェクトだったのに――容易く壊れた。
ナポは心の底から驚いた。
「この世界は……もふもふ・オンラインの続編か?
参加者が私1人しか居ないのに、新規リニューアル?」
空を見上げる。
ナポの目には、無限に広がる大空が見えた。
――ゲームの頃は作り物だと理解できる人工的な光景だったが……これはどう見ても、自然物にしか見えない。
風に流されて動く雲、無数に浮かぶ浮遊する島、これは完全にどう見ても――
ん?
無数の浮遊する島?
「……このモフモフ大陸以外に、島なんて存在しなかったはず。
あれは新しく追加された土地なのか?」
異常すぎる事態に困ったナポは、足元で眠っているミーニャンを起こす事にした。
――生活支援インターフェース……人間よりも遥かに知識を持った人工知能な彼女ならば、明確な答えを出せるはず。
ミーニャンの肩を持ってユサユサッと揺らすと
「もっふー?」
パチッとミーニャンの目が開いた。
しばらく、狐耳をピョコピョコ動かしながら、彼女は回りを見渡す。
そんな姿を見て、ナポは絶句した。
――人工的に作られた映像とは思えないほどに、狐耳がモッフモフで色んな方向にピョコピョコ動いていた。
この世界が現実だと言われても違和感が全くない。
黄金の大きな尻尾も、フリフリッと自然に動いて愛らしい。
ゲームの頃は、決まり切ったパターンを繰り返して表示していただけだったから……ナポの頭の中にあるゲームの常識が壊れた。
しかし、無表情の仮面を被ってスタイリッシュ(無駄に洗練された無駄のない無駄な動きの事)な支配者演技プレーをしてきた男にも意地がある。
威厳を保ってミーニャンに話しかける事で平静さを保とうとした。
「ミーニャン。
ここは一体、何処なのだ?」
「あ、マスター、おはようございます。
えと、探査魔法を使って欲しいんですか?」
「うむ、頼むぞ」
ミーニャンが何もない空間……自身のアイテムボックスから玉串を出して振った。
一瞬、空間が光って波打つ。
すると、彼女の狐耳がピョコピョコ動き、表情が何度も何度も驚きで変わる。
表情パターンに数がありすぎて……ナポの目にはとても、目の前にいる狐娘が映像とは思えなかった。
探査魔法で周辺の地形を把握したミーニャンは、ナポと向き合って
「……マスター。
最近のネットゲーって凄いんですね。
ちょっと調べただけでも、浮遊している島が1000億くらいありましたよ。
頭がクラクラして、辛かったです」
「なるほど、ここは新しいネットゲーの世界か。
……そうか。
ところで現実の私の身体はどうなっているのかね?」
「意識を失う前に確認してましたけど、脳みそが動かなくなって死体になってました。
今はどうなっているのか確認できません。
あれ?なんで私、禁じられた情報を話せるんだろう?」
「ふむ、そうか。そうか。
……おい!?ここに座ってる私は幽霊という事なのか!?」
「どうなんでしょう?
マスターが死んだら、私も用済みのはずなのに、何故か稼働してます。
それに……こんなに超広大な世界を演算できる機械って現実にありませんよ?」
ナポは少し考え込んだ。
脳内で複数の可能性を思い描き、一番、馬鹿げた回答を出す。
「なら、ここは現実なのだな。
私が植物人間状態になっている間に、大地は空を飛ぶようになったのだろう」
「いやいや、ありえないですよ。
探査魔法で10光秒先まで確認しましたけど、ずーと空が広がってます。
下には地上もない、上には太陽が見えるのに何故か宇宙空間がない。
現実って、そんなめちゃくちゃな世界でしたっけ?
それにゲームの頃のアイテムボックスや魔法が使えますよ?」
「なら、答えは簡単だな。
ここは現実の地球でもゲームの世界でもないなら……きっと未知の異世界なのだろう。
何故か、ゲームの頃の魔法が使えるオマケ付きのな」
「馬鹿げてますけど、それが正解っぽい?
あと、何でマスターはそんなに冷静なんですか?」
その問いに、胸を張ってナポは答えた。
白い仮面が光に照らされてキラリッと輝く。
「仮面を被って、支配者の演技をしているからだ。
支配者たるもの、どんな状況でも冷静に行動するのが義務だろう?
仮面は落ち着く……仮面は素晴らしい……ロボットアニメのライバルキャラ……」
「えいっ!」
ミーニャンはナポの仮面を外して取り上げた。
隠された素顔が明らかになる。
ナポの顔は……彫りが深い、とても優しそうな黒髪の青年。
彼は顔を歪めて辛そうな口調で
「……異世界とか……なにそれ怖い。
きっと飛行機から人間を落として……南アメリカみたいに数千人単位で虐殺する国とかありそう……
考えるだけで欝だ……」
「えいっ!」
ミーニャンが仮面をすぐにナポの顔に戻した。
先ほど、欝状態になっていたとは思えないほどに、急に冷静になったナポは――
「……仮面を外すのはやめろ、ミーニャン。
私は仮面がないとコミュ障に戻る事を忘れたか?」
「えいっ!」 ナポの仮面を奪い取った。
「……私はなぜ紛争解決人とか……最悪な仕事を選んだのだろうか……
おかげでトラックに轢かれて……顔がグチャグチャな植物人間になってもうた……
獣娘の尻尾でモフモフされたい……異世界もアフリカ大陸と同じでゆっくりできない気がする……」
「えいっ!」 仮面をすぐに元に戻した
「……私の仮面で遊んで楽しいか?ミーニャン」
ミーニャンは大きな胸を反らして笑顔で答えた。
「もっふふー!
私、ゲームの頃よりも自由に行動できますよ!マスター!」
「そうか、それは良かったな。
……仮面で遊ぶのだけはやめてくれ。
アフリカ大陸の紛争地帯とか、トラックでグチャグチャになった昔を思い出すからな」
「何の因果か、異世界っぽいところに来ちゃいましたけど、これからもよろしくお願いしますよ!」
そう言って、ミーニャンは右手を差し出した。
ナポはその手を……右手で軽く握る。
――握手した彼女の手の感触は、まるで赤ん坊の手のようにプニプニで柔らかった。
嬉しそうに狐耳をピョコピョコ動して、微笑みかけてくる。
それだけで良い気分になった。
「ああ、これからもよろしく頼む。
私のベスト・パートナー」
……これは空中と浮遊大陸で構成された異世界を舞台にした物語。
膨大な浮遊大陸を繋ぎ、モッフフー帝国の初代皇帝となるナポ皇帝の旅と統治の日々を記したスタイリッシュな建国物語だ。
(´・ω・`)ドラゴン転生 〜『Lv999の妖精龍さん』になったらin異世界
http://ncode.syosetu.com/n4711cw/
を完結させたから、続き書く
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