ラッキーの不思議な旅
23国目 仕事がない国
金髪の小さい女の子ラッキーはコンクリートで舗装された道を歩いていると、広大な畑が見えてきました。
そこでは大勢の汚れても良い服を着た人間さん達が、鍬で畑を耕し、ジョウロで作物に水をやっています。
農作業の全てが人力だったから、世界一貧乏な国なのかな?と思いましたが、10km先に無数の高層ビル、空飛ぶ自動車がある大都市が見えたので違和感を感じました。
気になったラッキーは、近くで農作業をしていた20代の黒髪の青年に話しかけました。
青年は薄汚れたTシャツとGパンを着ていて、健康的に身体が焼けている逞しい男です。
「ねぇねぇ、なんで農作業に機械を使わないの?
あの大都市の上に飛んでいる自動車を作れる技術があるなら、ほとんどの作業を機械化できるよね?」
「ん?
なんだ?
小さいお嬢さんは外国の人か?」
「うん、私の名前はラッキー。
さっきここに来たばかりなんだよ。
だから教えてくれると嬉しいかな。」
「そうか。
なら知らないのも当たり前だな。
この国は・・・・・・人間が生きるための仕事、軍事、政治などを全てを機械がやってくれる便利な国なんだ。
知能がある機械が科学をどんどん発達させるから、人間がする仕事がないんだ。」
疑問が増えたからラッキーは首を可愛く傾げました。
それを見て青年がちょっと顔を赤く染めています。
「あれ?
なら、なんで農作業をやっているの?
人間がやる仕事がないなら、一日中遊んで暮らせるって事だよね?
趣味で家庭農園でもやってるの?」
「いや、生きるために必要な物を購入するために、お金が必要になるから、働かないと暮らしていけないんだ。
一日中遊んで暮らせるのは、機械を発明した人間の子孫
と、特許を持つ企業だけだな。
一般には販売してないし、俺らみたいな貧乏人はこうして働かないといけない。」
「うーん、富の再分配をするためのシステムが上手く作れなくて悲惨なんだね。
つまり、あなた達は作物を作って、それを売る事で生計を立てているという事でいいのかな?」
青年は顔を横に振り、嫌そうな顔で静かにこう言いました。
「いや、ここで作った作物は収穫期になると全部潰して、畑の肥料にするから、作物は売らないんだ。
ここで苦しい農作業をすると、国からお金を貰えるから、わざわざ労働しているだけだ。」
「なんで作物を全部潰すの?
折角、作ったなら食べないと勿体ないよ?」
「そりゃ、人間が作った野菜よりも、機械が作った野菜の方が安全で安くて美味しいからだよ。
大抵の作物が野菜工場の人工の光を使って、短期間に大量生産できるから、凄い安い値段で売られているんだ。
人間が作った野菜なんてコストがかかるし危なくて仕方ねぇよ。」
「えと、あなた達の仕事は無意味な事をしているって事でいいのかな?
穴を掘って、穴を埋めるのと同じような事だよね?」
「ああ、そうだよ。
俺達の仕事に意味はない。
でも、苦しい仕事をやり遂げたという事が大事なんだ。
それを国が評価してお金をくれる。
そういう意味では、ここは公平で良い国だよ。
そろそろ仕事を再開しないと給料を貰えないから、小さいお嬢さん。
また何処かで会えるといいな。」
青年は鍬で畑を耕作する仕事に戻りました。
ラッキーは周りを見渡すと、皆、ボケーとしながら思考を停止して農作業をやっている事がわかりました。
どうやら、仕事中は脳味噌の中で映画やアニメ、ゲーム、好きな事を想像して現実逃避しながら働いているようです。
そうじゃないと、人間の精神は無意味な労働に耐える事ができません。
ラッキーはボソッと呟きました。
「変な国。」
ラッキーは高層ビルが無数にある都市の方向へと向けて歩きました。
道中、色んな仕事をしている人間さんがいます。
穴を掘って、それをすぐに埋める仕事。
放映されないのに、カメラを向けて生中継をやっているTV局の人達。
料理を大量に作ってゴミ箱に入れる人間の料理人。その隣で極上の美味しい料理を作る料理人ロボット。
ロボットが警察業務をやっている傍ら、【犯罪者】と書かれたサンドバックを殴る人間の警察官。
誰も見る事がない映画を作って、イライラしながらすぐにフィルムを壊す映画監督とスタッフ。
学校で、将来、必要もない勉強を大人になるまでずっとする子供達。意味もないのに教育を施す人間の教師。
機械が全て掃除した後に、部屋や窓を拭く人間の清掃員。
手作業で大量の製品を一生懸命作って、すぐに製品をスクラップ工場に送る工員。
仕事が嫌になって高層ビルから飛び降り自殺する若者。
赤ん坊ロボットを抱いて、子育てゴッコをしている母親。その隣で赤ん坊の世話をしている人型の育児ロボット。
誰も居ないのに講演をする学者さん。
機械が既に研究し尽くした事を研究する科学者。
誰も読まない小説を書く小説家。その隣で瞬時に名作を作り出す小説家ロボット。
誰も読まない漫画を書く漫画家。その隣で瞬時に神がかった絵で傑作を作り出す漫画家ロボット。
「うーん、うーん、うーん?」
これらの光景を見たラッキーは、頭が痛くなりました。
人生を丸ごと無意味な事に費やす。
そんな人間達を全く理解できません。
最初は可笑しくてクスクス笑っていたのですが、さすがにこれは常軌を逸しています。
都市の中心部まで歩くと、そこは1000人の人間が遊べるだろう広大な広場。
整った草木、様々な色の薔薇を咲かす薔薇園、小さい子供達が遊べるように大量の遊具が設置されています。
青色のベンチに座っている80歳ほどのお爺さんを見つけたから、ラッキーはとことこ歩き、お爺さんに問いかけました。
お爺さんは白い割烹着を着ている料理人の男性で、今は休憩中のようです。
「ねぇねぇ、お爺さんはこの国の事をどう思っているのかな?」
「ん?いきなり、なんじゃい?
子供は学校に通って勉強労働をしている時間じゃろ?」
お爺さんが渋い顔をラッキーに向け、逆に問いかけてきました。
ラッキーはその場で頭を一回下げた後に、自己紹介を始めます。
「私の名前はラッキー。
今日、この国に来たばかりだから、色々と教えて欲しいんだよ。
この国の人間達って、生きるために必要のない無駄な事をしているけど、それをどう思ってるの?」
「仕事が生きるために必要がない?
小さいお嬢ちゃんは本当にそう思っておるのか?」
「うん、この国の場合は無意味だよね。
誰の役にも立ってないし。」
ラッキーがそう答えると、お爺さんは顔を顰めました。
どうやら悪印象を持たれたようです。
お爺さんはベンチから立ちあがり、ゆっくりと静かに怒りながら説教を始めました。
「馬鹿もん!
仕事が無意味だと?!
意味のない仕事なんかないわい!」
「んー?
でも、苦労して作った野菜とかを全部捨てたりして、すっごく無駄だよね?
機械が仕事を全部やってくれる国を幾つか見た事あるけど、どの国も人間が人生を楽しめるように頑張っている国が多かったよ?
なんで、この国は変なの?」
「小さいお嬢ちゃんは仕事をわかっておらん!
人間は仕事を通して、一人前の大人になる試練なんじゃ!
苦労して仕事をしないと人間は駄目になる!
どうせ、小さいお嬢ちゃんの言ってる事は全部嘘じゃろ?
ワシ、一度もそんな国の話を聞いた事がないぞ?」
老人だから頭が頑固でしたが、常識的な反応でした。
ラッキーが先ほど言った国は、この国から離れすぎていて、名前すらこの国に知れ渡っていませんので、説明しても信じてもらうのは無理です。
嘘だと決めつけられたラッキーは、ちょっと怒りながら反論する事にしました。
「嘘じゃないよ。
機械にほとんどの仕事をやらせても、人間はそれに対応して新しい社会システムを構築する生き物だよ。
大抵は失敗して滅亡しちゃうだろうけど、成功して上手くやっている例がそれなりあるんだよ。」
「・・・・小さいお嬢ちゃん。
想像してみるんじゃ。
苦労して一日汗水垂らして働いた日の夕方。
これから自由に時間を使えると喜んで帰る楽しい道のり。
お主を照らす綺麗な夕陽。
辛い仕事から解放された充実と爽快感。
帰りを暖かく迎えてくれる家族。
どうじゃ?
仕事を終えた後は充実してるじゃろ?」
「?
うーん、わかんない!」
ラッキーはニートみたいなものです。
一度もそんな労働をやった事がありません。
自由気ままに旅をして、お金は男に貢がせて、一切、働いた事がないので想像できませんでした。
お爺さんの問いかけに首を可愛く傾げるだけです。
お爺さんは、ラッキーが理解してない様子を見て怒りました。
「馬鹿もんっー!
最近の若い者はなっとらん!
小さいお嬢ちゃん!
そんな事じゃ、将来、立派な大人になれんぞ!?
仕事は試練じゃ!試練!
拘束される分だけ、休暇を楽しめるんじゃ!」
「いや、さすがに、この国の大人みたいにはなりたくないなぁ。
人生つまんなそうだし。
嫌いな仕事をして人生楽しいの?
どうせやるなら、好きな仕事をやればいいのに・・・・」
「仕事は生きるためにやるもんじゃ!
楽しいとか、嫌いとかそんなの関係ない!
家族を養うために、嫌な仕事でもやり遂げるのが大人っていうもんじゃよ!
子供がいるのに、仕事を放棄して無職になるのが大人か!?
これだから最近の若者は怠け者で困る!
ワシは仕事に戻るぞ!」
「この国の大人は大変なんだね。」
ラッキーには理解できませんでした。
この国の人間がやっている仕事は、誰にも必要とされていない仕事ゴッコ。
社会の何の役にも立っていません。
お爺さんは怒って場から歩いて去って行きます。
お爺さんの行く方向には、複数の屋台(簡易店舗)があり、お爺さんが入った屋台に【おでん】と書かれた大きな看板がありました。
ラッキーは、これがお爺さんの仕事かな?と思って、眺めます。
お爺さんはひたすら、大根や卵、ジャガイモ、肉、コンニャクなどを鍋で煮る作業を開始しました。
【おでん】は現実の日本の冬によく食べる美味しい美味しい料理の事です。
冬のコンビニ(小さい万能店舗)の定番メニューであり、美味しい汁をたっぷり含んだ大根が昔からナンバー1の人気を誇っています。
美味しそうな匂いがしたから、ラッキーはトコトコ歩いて近付いて注文してみました。
「お爺さん、屋台の料理全部頂戴。」
「はぁ?
これは全部作ってすぐに捨てるんじゃ。
客に出すおでんは、ほれ、隣の屋台が出しておる。」
隣を見ると、ロボットが次々と完璧な作業をして、おでんを作り置きしている光景を見れました。
どう完璧なのかと言うと、おでんは食材がだし汁をたっぷり吸収すると美味しくなるから、作ってから1日以上経過した鍋が30個以上置いてあります。
虫が入らないように鍋の蓋を閉めてあり、鍋の上に作った日付を書いた紙を貼ってあって完璧です。
でも、ラッキーはお爺さんの作った おでんを食べたかったので、笑顔で注文を続けました。
「私はお爺さんの料理を食べたいんだよ?
どうせ捨てるなら、全部頂戴。」
「・・・どうせ食べてもそんなに美味しくないぞ?
それでええんか?」
「うん。」
ラッキーは満面の笑みを見せました。
お爺さんはちょっと顔を赤らめていて嬉しそうです。
鍋から料理を次々と箸で取り出し、大きな陶器の器に入れ、ラッキーの前にドンと置きました。
「ほれ、ワシの料理じゃ。
大根が一番オススメじゃぞ。」
綺麗に切られた大根は出し汁を吸収して、茶色になっていて美味しそうです。
出し汁が茶色だから、全体的に食材は茶色です。
ラッキーは屋台に備え付けられた箱から、木製の割り箸を取り出し、両手を合わせて
「それじゃ頂きます。」
感謝の祈りを捧げた後に、茶色のゆで卵を最初に頂きました。
パクン、卵は出し汁がよく染みていて、絶妙の味です。
普通にゆで卵を食べるよりも遥かに良い味でした。
「美味しいね。」
次にこれまた出し汁をよく吸収した大根を箸で掴み、口にいれてパクン。
だし汁と、大根の繊維の感触が心地よく、それを味わいながら食べました。
最終的にラッキーは屋台にあった鍋を次々と食べ、お爺さんを呆れさせる食欲を発揮。
パクンッパクンッパクンッパクンッパクンッパクンッ
あっという間に、屋台にあった全ての料理はラッキーの胃袋の中に消えました。
相変わらず、胃に何でも入る異次元ポケットです。
ラッキーは両手を合わせて、食べた命へ感謝の祈りを捧げます。
「御馳走様です。
お爺さんの料理美味しかったよ。
はい、これお金。」
ポケットから銀貨を一枚出しました。
お爺さんはそれを受け取り、嬉しいような複雑そうな顔をしています。
ラッキーは笑顔のまま、問いかけました。
「ねぇ?
自分の作った料理を人に食べてもらって、報酬を貰うのって嬉しいよね?
私はこの国の社会システムが正しいのか、間違っているのか、よくわかんないけど、全部機械任せじゃなくて、ある程度の仕事は人間に残した方が幸せだったんじゃないの?」
お爺さんは何も言いませんでした。
ただ、親指を上げて、皺くちゃの顔に笑みを浮かべてガッツポーズを取っています。
俺の料理食べてくれてありがとう、嬉しかったんじゃぞ。と言外に語っています。
ラッキーは満面の笑みを返しました。
お爺さんは誰かのために料理を作る事の楽しさを、今更ながらに知り、照れています。
おしまい
テーマ【富を再分配するためのシステムを構築するのは辛いお】
23国目 (意味のある)仕事がない国
没ネタ
ただ、問題があるとするならば、この社会は既に人間の物ではなく、機械が完全に支配している社会だから、これからも無意味な労働に費やす日々が待ち受けている事です。
機械が人間に仕事を割り振っている時点で、人間が政治にかかわる隙が全くありませんでした。
国中にいるロボットは、人間では決して辿りつけないだろう職人芸で、様々なものを産みだし、人間の代わりに仕事をしています。
ラッキーは、この世には地獄も天国も同時に存在するんだなぁと、感心しました。
●機械が生きるための仕事を全部やってくれると、富の再分配のために、機械が無意味な仕事を作って人間にプレゼントしちゃうキチガイ国
↓
●でも、人間が生きるために必要なんだ。うん