エルフ娘の世にも不思議な旅
10国目 世界平和の国 前編
空は雲が薄らと満面に広がり、陽光を遮っていました。
そんな人を不安にさせる雲空が広がる中、白いワンピースを着た、小さい金髪の女の子ラッキーが道を歩いています。
周辺諸国にとても評判が悪い人間の国の大通り。
他の国々と違って貧相な国です。
道は、コンクリートではなく、整備すらされていない土の地面。
国にある建造物は、全て低コストで建築できるように全く同じ外見・共通規格で作りあげられた一階建ての鉄筋コンクリート製の建物、自動車も服(緑色の人民服)も全ての国民が、外見が同じ物を使っていました。
ラッキーはこの国を見て残念そうな顔で
「うーん、ファッションセンスがない国だね。
散歩しても建物が同じのばっかりだから見てもつまんない。
安い物しか買えないくらいに貧乏なのかな?」
他の国々みたいに、違う種類の服や車があまりにも少なかったから疑問に思っています。
ラッキーは知的好奇心を満たすために、道を歩いている丸坊主の17歳くらいの少年に話しかけました。
少年は不良っぽい悪そうな顔をしています。
「ねぇねぇ、どうしてこの国は、皆同じ格好しているの?」
「え?
なんなんだ?この娘?
お洒落な格好しているなぁー。
他の国から、この国に来たのか?」
「質問を質問で返されても困るけど、そうだよ。
私はエルフのラッキー。
よろしくね」
「おう、よろしくな。
オラは人民高等学校に通っているモウ・ブタトウ」
ラッキーは、体中を好色な目線でジロジロと見られています。
地面に届きそうな綺麗な金髪。
青い目。
白くて高そうなワンピース。
髪のところにある薔薇の花飾り。
どれもこれも、この国では見かけないものばっかりです。
ラッキーは、視線を気にせずに質問を続けました。
「ねぇねぇ、さっきの質問に答えてくれないかな?
どうして、皆は同じ服を着たり、建物が全部同じなの?」
「あー、そりゃ、オラの国が恒久的世界平和のために頑張ってるからだよ」
「恒久的世界平和?」
唐突に、凄い言葉が出てきたので、ラッキーは驚きました。
恒久的世界平和は、現実でも、この世界でも一度も実現した事がない概念です。
人間がいるところに、争いの種があり、平和は次の戦争の準備期間とか言われちゃうくらいに儚い概念でした。
でも、少年は実現できると信じ切っている真剣な顔で
「オラ達の国は、昔から世界平和の事を考えてやってきた偉大な国なんだ。
特定の動物……クジラやカンガルーが乱獲で全滅しそうになったら、原因になった国を攻め滅ぼして動物を助け、
自然が人間の活動で壊滅しそうになったら、原因になっている国に攻め込んで滅ぼし、
戦争している国があったら、どっちも皆殺しにして世界のために頑張ってきたんだ」
「うーん?
全部滅ぼしたり、殺すの?」
「分かってない顔をしているな。小さいお嬢さん。
平和は無料じゃないんだ。
平和を守るためには、あえて戦争を起こして殺す必要があるんだよ。
オラ達は、世界の平和のためならば、どんな事でもやってきた勇敢で偉大な国なんだ」
ラッキーの頭に載っている妖精さんが、キチガイを見るような顔で少年を見ていました。
ラッキーは、少年の斬新すぎる発言の数々に、眼をキラキラ輝かせて、問いかけを続けます。
「その世界平和がどうして、君達の格好が同じ事に繋がるの?」
「そりゃ、相手国を皆殺しにするのに、膨大なお金が必要だからだよ。
兵器はハイテクになればなるほどお金がかかる。
オラの国の大人達は、世界平和のために、いつも15時間くらい働いても、安い服、安い食べ物、安い家で我慢して、その苦労した分、大量の兵器を作ってるんだ。
どうだ?オラ達は偉いだろ?」
「凄いね。
そんな目標のために、忍耐強く我慢するなんて、私にはできそうにないよ。
国に反発する人はいないの?
普通なら、我慢できずに暴徒になったりするよね?」
ラッキーが言ったこの言葉のせいで、少年の態度がガラリと横柄なものに変わりました。
「は?
分かんねぇのか?
国に逆らうという事は、世界平和の敵だから、全員殺されるって事だぞ。
オメェは死にたいのか?
ちょっと警察の交番まで来い。
余所者のオメェをオラの奴隷にしてやる」
少年がラッキーに親切に説明していたのは、ラッキーの失言を待っていたからでした。
この国では政府に対して、疑問を持つ事すら許されず、疑問を口にすれば奴隷の身分に格下げです。
少年は、綺麗で楽しい玩具を手に入れたと思って、ラッキーの体に触れようとすると
少年の手首が風のバリアーで切断されて、粉々になって砕け散りました。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!
おらの手がああああああああああああああああ!!!」
そのまま手首からドバドバ溢れ出した血液のせいで、体が壊死し、少年は永遠に動かなくなりました。
ラッキーはこういう類の面倒事は嫌なので、光を歪める光学迷彩で姿を消し、国の中央へと向けて歩きます。
国の中央付近の大きな大きな広場まで歩くと、そこには200万人近い人間が集まっていました。
200万人といえば、この国の総人口の1割くらいです。
広場の中央には、無骨な真っ黒な宮殿があり、そこの屋外テラスに、この国の指導者マルクスという80歳くらいのお爺さんがいます。
紳士スーツを着こなした意地悪そうな顔をしたお爺さんです。
髭が顔を3分の1覆うほどに生えていて、苦労して生きてきた人間特有の威厳があります。
どうやら、ここに200万人の人間が集まっているのは、指導者の言葉を直々に聞くためのようでした。
マルクスは、マイクを手にとり、こう言いました。
「諸君!
世界は腐っている!
クジラを調査捕鯨と言いながら殺して食べる残虐な国!
それを批判しておきながら、カンガルーを大量に間引する身勝手な国!
人口を15億人も抱え込み、膨大な資源を浪費して、世界を滅亡へとおいやろうとする国!
1万年の歴史を捏造して、文化を盗もうとする国!
世界の警察と自称しながら、利権のために侵略する国!
この世界は間違っている!」
「「「「「「「「「「ジーク!マルクス!ジーク!マルクス! 」」」」」」」」」」」
200万人の民衆は、この宣言に大喜びして賛同しました。
安っぽい演説なのですが、娯楽が少ないこの国ではご褒美なのです。
ラッキーは、あのテラスから、人間達を見たら、とても気分が良いんだろうなぁって思いました。
マルクスは、200万人の民衆の視線と賛嘆に気分を良くして、言葉を続けます。
「故に!
世界のためにっ!
全て殺さねばならない!
必要のない国っ!
必要のない人間っ!
それらは必要がないから、殺さねばならぬのだ!
そうっ!全ては世界平和のために殺そう!
私はそのための手段を持っているっ!
みよっ!かつて世界の一部を焼き尽くした兵器の姿を!」
マルクスがそう言うと、宮殿の周り中のコンクリートの地面が真っ二つに開き、そこから長い長い塔のような棒状の物が出てきました。
数はざっと1000。
ラッキーはこれらを見て、心臓がドッキリします。
そうこれは
「これは大陸間弾道ミサイル!
一度飛ばせば、遠くにあるオストリア大陸にも届く!
弾頭には、一撃で小国を消滅させる核兵器を搭載している!
まずは、周辺の国を世界平和のために消滅させ、最終的に我が国以外の全ての国を滅亡させて、恒久的世界平和を実現させるのだぁー!」
この世界は、地球サイズの台風が自然発生する大きさの星のため、大陸間弾道ミサイルといえど、星のごく一部の地域しか攻撃できませんが、周辺国を全て滅亡させるだけの量の核兵器だったのです。
後編に続く。
●世界平和のために、全国力を捧げて、核兵器を搭載した大陸弾道間ミサイルを作っている国。
↓
●自国以外の人類を皆殺しにすれば、