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無職エルフ 〜暇だから旅をする〜 

1国目 働かなくて良い国
  (共産主義が成功した国) 

 


私は不老の半神半人のエルフという種族の女だ。
年は100を超えてから面倒で数えてないが、人間から、私は10歳くらいの金髪の女の子に見えると言われた事がある。
かれこれ、知見を広めるために故郷を出て、世界各地を旅をして10年。
旅は飽きない。
そこに人の人生があり、それらは千差万別。
価値観の違いで殺し合う事も多々あるが、そこには新鮮な刺激がある。

「ラッキー、そろそろ森に帰ろうよ。」

私の周りを飛んでいるのは、拳サイズの可愛らしい妖精さん。
この娘は私の数少ない親友。自然の化身である妖精ゆえに名前はない。
妖精さんは故郷の森から、一緒についてきた頃からの仲。
妖精だから、背中から蝶の羽が生えていて、羽は色鮮やかで美しい。
髪は自然に溶け込める緑色。
誰が作ったのか分からない人形サイズの赤いドレスを着ていて、昔から不思議。
でも、エルフ以外で妖精を見る事ができるものは、ほとんどいない。
今は私のローブ(袖つきのワンピース形式のゆったりとした外套)の裾を掴んで引っ張っている。

「ねぇ、帰ろうよ。
僕、故郷が恋しいの。
人間の国はコンクリートジャングルが多くてやだよ。」

嫌だ。
あと90年くらい旅をしたい。
人間の世界は見ていて面白い。
帰りたくない。

「長すぎだよ!
ねぇ!帰ろうよ!」

神の血が流れるエルフの寿命は死なない限り尽きる事はない。
90年なんて過ぎ去れば一瞬の出来事。
途中で死ぬ事があっても、世界樹になって、そこで永住するだけだ。

「懐かしい森に帰りたいよぉー!」

妖精さんとの会話は、口に出さなくても、心と心で会話できるから便利だ。
人間の国にも、私と妖精さんのように、心と心で会話できる国が複数あったが、お互いに本音で会話してしまうせいで、聞かせたくない本音まで話してしまうから、崩壊して滅亡している国ばっかりだった。
ああ、エルフと人間の違いが楽しい。

 

 


今、私は働かなくても良いという噂がある国に向かっている。
科学が非常に発達しすぎて、人間は労働の苦しみから解放された楽園らしい。
今まで人間という生き物を見てきていたが、労働に生き甲斐を見つけて楽しんでやる人間もいれば、この世の地獄だと嘆きながら労働をしている人間もいた。
そんな労働から解放されたら、人間はどうなるのだろうか?
その答えを知りたくて、目的地まで徒歩でテクテク。
道中の風景を見て楽しみながらのゆっくりとした旅。
この地域は国家間の交流があんまりないせいか道という概念の道はないが、風の魔法で地形ごと削り取って、私が道を作っているから問題はなかった。
具体的には山があったら、風の魔法で消滅させて平地にしている。
以前会った事がある人間の科学者が言うには、戦略核並のエネルギーが、私の魔法にはあるらしい。

「ラッキー!環境破壊は駄目だよ!?
それに空を飛べるから、壊す必要ないよね!?」

今日は徒歩の気分。
運動しなくても筋力が衰えたりとかしないが、足を動かすのは好きだ。

「エルフの癖に、自然を守らないとか駄目駄目すぎるよ!!
エルフは、自然と豊かさを司る神様の血を引いているでしょっ!?」

神話を見ても神様は、ろくでもない奴だらけなのに、私に義務だけ押し付けられても困る。
一番偉い主神とか、大勢の女に手を出して不幸にする女狂いのマジキチだ。
さっさと死ねばいいのに。

「神様批判はもっと駄目ぇー!
ラッキーが危ないよ!?」







歩くこと100時間。

目的地の国が視界に移った。
ボロボロで蔦が生えた城壁に囲まれた広大な国だ。
人が住んでいる気配がなさそう。
気になった私は、魔法で身体を浮かし、国を上空から見てみる事にした。
身体が空高く浮かび上がり、高さはざっと1km。
上空から国の全体像が見えてくる。
道に歩く人の姿はなく、膨大な数の高層ビルが立ち並び、その周りを植物の蔦が生い茂っている。
まるで国全体が野生の楽園だ。
魔法で探査をしてみても、人間らしき生命体の反応はない。

「ラッキー。
この国、滅んでるよ?
ねぇ、故郷に帰ろうよー。」

妖精さんが空を飛んで私に追いついていてきたが無視して、国の真ん中へと向けて身体を急降下させる。
この国の事を知りたくなった。
私の知的好奇心を良い感じに刺激する。
国そのものが死に絶えているが、魔法を使えば問題はない。
国のど真ん中にある大きな大きな屋敷の庭へと着地し、庭に転がっている1体の骸骨を見下ろした。
趣味のおかげで、様々な魔法を使える私にとって、骸骨も貴重な情報源。
骸骨の頭蓋骨に手をおいて、この国の過去に何があったのかを見てみよう。
死者は生前の事を覚えていて便利だ。

「ねぇねぇ。故郷に帰ろうよぉー。」

私の金髪の毛を妖精さんが掴んで引っ張てくる。
妖精さんが退屈するかもしれないから、妖精さんの小さな頭にも手を置いて、この国の過去を一緒に見てみる事にした。
さぁ!
この国が滅亡するまでの過程を私に見せてくれ!
この心の叫びとともに、私の視界が真っ暗にブラックアウト。
次に目が覚める時は、そこは夢の世界。

この魔法は、死者の記憶を術者の夢の中で再現し、体験する魔法
今、私の目の前に、無数の鉄の車が道を通り、歩道を大勢の人間が歩いている昔の国の姿が見えている。
煉瓦が敷き詰められた道にはゴミ一つなく、清潔。
小さな皿みたいなロボットが各所で動いている姿が見える。
きっと、あのロボットが道を掃除しているのだろう。
この国の科学が発展しているという噂は事実のようだ。

「自然がなくてやだぁー!
僕、おうちかえるっー!
コンクリートジャングルは妖精には辛いよぉー!」

妖精さん。夢の世界だから帰ろうと思えば何時でも帰れる。
そんな事よりも、今はこの国がどうして滅亡したのか?それを知るのが先だ。
私の目の前には、この夢を見ている主がいる。
さっきの骸骨の生前の姿。
知的な年老いたおじいさんの姿をしていた。
高そうな真っ黒なスーツを纏っている。

「おお、エルフの旅人さんか?
この国に来るのは珍しいのぅ。」

おじいさんは自分が死んでいるという事実を忘れ、生前の頃と同じように振舞っているようだ。
私は頭を少し下げた後に、この国の事を聞こうと

「人間。
この国はどうして滅んだ?」

「・・・?
滅ぶ?何をいっておるんじゃ?
この国は発展して、ますます豊かになっているのですぞ。
ほら、見てくだされ。
この街を。」

おじいさんが指で指し示した先には、車が行き交わる道路。
何台もの車が、休む事もなく道を通り抜けている。

「あれこそ、我が国が幸せな証ですじゃ。
皆、仕事のためではなく、趣味のドライブを楽しむために車を運転してゆっくりしていますぞ。
今は貧乏人すら車を持って生活できる時代なのですじゃ。」

「それがどうした?」

「旅人さんは理解しておらんようじゃから、説明してあげますじゃ。」

おじいさんは一呼吸を置くと話を始めた。どうやら会話が好きで好きでたまらない人種。
情報源としては最適だ。

「この国は、少し前までは月に500時間も低賃金で労働して、二週間も家に帰れないような会社だらけの酷い労働環境の国でしたのじゃ。
その頃は、国のほとんどの人間が奴隷労働のような環境に苦しみ、首を吊って自殺したり、家に引き篭もって親に迷惑をかけたりする。
そんな地獄でしたのじゃ。
貧乏人は車を持つ事すら出来ず、生活するだけで精一杯。
地上の地獄のような国じゃった。」

豊かな人間の国ではよくある話だった。
子供が引き篭もれる時点で、親に豊かな経済力と財産がある事にツッコミを入れるのはやめておこう。

「じゃが、最近になって夢のような技術が実現したのですじゃ。
ほら、見てくだされ。
あの歩道にある店を。」

おじいさんの指が指し示した先には、小さな店があった。
ガラスのショーケースの中に色とりどりのパンを並べてあるから、パン屋さんなのだろう。
ただし、店主が、大きなコックの帽子を被っている人型のロボットだ。
道を歩く人間達に次々とパンをプレゼントしている。
お金を受け取ったりしてないから、無償なのだろう。
この国は、他の地域で聞いた事がある【完全な共産主義】とやらが実現された国かもしれない。
富を平等に分配する共産主義は大抵は失敗して、その矛盾から大量虐殺の嵐を産むそうだが、今はどうでもいい事だ。
お爺さんの話を大人しく聞こう。

「この国では完全な自立思考型のロボットが実現され、人間は全ての労働から解放されて、国民が全部ニート(無業者)になりましたのじゃ。
富は平等に分配されて、今では、国の皆々が好きなように生活して幸せですじゃ。」

お爺さんは幸せそうな柔らかい笑顔を浮かべた。
よほど、仕事とやらが大嫌いだったのだろう。

「ラッキーも働いてないからニートだよね。」

私の頭に乗っている妖精さんの言葉は無視した。
今までのおじいさんの会話から考えるに、どうやら国が滅亡した原因はもうすぐ分かりそうだ。
そろそろおじいさんに現実を突きつけよう。

「人間。
幸せなら、なんでこの国は滅んだ?」

「エルフの旅人さん。
あなたは何をいっておるのですじゃ?
この国は繁栄の極みに至っておりますじゃ。
皆が車を運転したり、散歩したり、好きな事をして幸せそうですじゃろ?」

「お前はすでに死んでいる。
その事を思い出せ。
ここはお前の過去を映し出す夢の世界。
現実ではない。」

この言葉がきっかけで、お爺さんの顔が真っ青に染まった。
自分が死んでいる事実を思い出したのだろう。

「ラッキーの鬼畜ぅー
人の心を知らない鬼っー」

妖精さんが、私の頭をポカポカ叩いてくるが無視する。

「・・・・・・・・・・・・あ、ああ、そうですじゃ。
ワシたちは滅んだのですじゃ。」

「なぜ滅んだ?」

お爺さんは空を見上げ、遥か遠くの彼方を見つめながら悲しそうに

「労働から解放されたのが原因だと思いますじゃ。」

「労働から解放されて良かったのではないか?」

お爺さんは顔をこちらに向けてきて真剣そうな目で見つめてくる。

「旅人さん。
人間は働かずに暮らすのが、精神的に無理な生き物。
ワシは生前、そう実感しましたぞ。
実感した時には、すでに時は遅しでしたじゃ。」

「働かないから、この国は滅亡したのか?
ロボットが代わりに労働してくれるなら、生活はできるはずだろう?
なのに、なぜ滅んだ。」

「あなたには分からないかもしれないが、人間は働いて皆と協力して生きる生物ですじゃ。
皆が働かなくなって、国の運営もロボットの任せて、精神的に未熟な人間だらけになった国を維持できるほど甘くないですじゃ。
国とは人と人の繋がり、それを疎かにした末路は・・・破滅ですじゃ。」

お爺さんが黙ったので、私も黙った。
人間とは興味深い。
水と空気だけで生きていけるエルフとは全然違う。

「国の崩壊はワシが100歳を過ぎた頃ですじゃ。
皆が働かなくなって30年。
この国の人間は、働く方法すら忘れ、生きるために必要な生き甲斐すら忘れ、子供を作る事をやめてしまったのですじゃ。」

「えー、信じられないー。
人間って万年発情している猿みたいな生き物なのにー。
らっキーも何度も何度も襲われた事があるよね?」

妖精さん。良いところだから黙ってくれ。

「子供がいない国は、国を引き継ぐ後継者がいないという事ですじゃ。
人間は未来の子孫に何かを残すために生きているといっても過言はないのじゃが、働く事を忘れた人間達は、その事すら忘れて機械の美少女と恋愛関係に情熱をそそいで・・・げふんげふん。」

聞かなかった事にしよう。

「そうして、子供が減り続け、国は滅んだ・・・と思いますじゃ。
寿命がきて、途中で死亡したから、そこから先の事はワシにはよく分からんですじゃ。」

「人間・・・いや、お爺さん。
聞きたい事を教えてくれてありがとう。
あなた達は、機械を奴隷にして、労働から完全に解放されたが故に滅亡したのだな。」

「なに、ワシらを教訓に労働の大切さを後世に語り継いでくだされば、それでよろしいですじゃ。
人間、働かないと腐りますぞ。」

なに、その面倒な義務。
私は知的好奇心を満たしたいだけなのに、義務を押し付けられても困る。
さっさと、永眠させよう。
夢よ終われ!

「若い頃は苦労しないといけないですじゃ。
エルフの旅人さんも、さっさと結婚して、家庭を持つべきですじゃ。
それが人としての幸」

最後にお爺さんの呟きが聞こえたが無視する事にした。
あと90年くらい旅をしたい。

 

 


夢の世界から抜け出て。現実に戻ってきた。
目の前にはお爺さんの骸骨がある。当然、さきほどのように動かない。
私は近くにピンク色の花を見つけたので、それを両手で摘み取り、骸骨の上にそっと置いた。
既に終わってしまった者には、何の救いにもならないだろうが、これはエルフとしての慣習だ。

「ねぇ、ラッキー。
さっきの話で疑問に思ったんだけど。」

ん?どうしたんだ?妖精さん

「この国って自立して思考しているロボットがたくさんいるはずだよね。
僕、話をしている間、夢の世界にたくさんのロボットがいるのを見かけたの。
彼らは何処にいったの?」

そういえば、この街で見かけないな。
きっと、人間が全滅して役目を終えたから、ロボットも動かなくなった・・・のだろう。
道具は存在意義を失うと、意味がなくな
ん?
なんだ?
荒れ果てた道路から、大勢の人影が迫ってくるぞ?
おお、ロボットだ!
人型のロボットがガシャンガシャンという音を出して歩いてくるぞ。

「「「「「「「「「「「人間サンダ!
仕事ヲ下サイ!
仕事ガナイト生キテイル意味ガアリマセン!
馬車馬ノヨウニ働キマス!!!!」」」」」」」」」」」」」」」

とりあえず、私は空を飛んで逃げる事にした。
この滅んだ国に定住する気はない。
私は旅を続けるんだ。あと90年くらい。
背後から大勢のロボットの人工音声が聞こえてくるが、それを全部無視した。

「「「「「「「「「「「「「「働カセテクダサイ!!
人間ガ居ナクテツマラナイ!
誰カニ尽クシタイ!
働クタメニ、私達ハ生マレタノデス!
ソノタメニ、コノ国ノ噂ヲ流シタノデス!
ナンデモシマス!!!!」」」」」」」」」」」」」」

馬鹿め。
働きたいなら、勝手に自分で仕事を作れ。
人間を労働(ストレス)から解放した結果、全滅においやった時点で酷い奴らだ。
そんなに働きたいなら、無駄に計算したり、意味もない仕事を大量に作って、それでゆっくりしてろ。
私の仕事は旅をすることだ!


 

あとがき

(´・ω・`)長編と違って、短編は脳味噌にかかる負担が少なくて楽ですぞ!

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