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働く義務がある国 【前篇】 (2国目)

 

 

私は今日も徒歩でゆっくりと旅をする。
エルフ故に寿命はない。
今回行く国は、旅人達の間で、客には天国だが、労働者から見たら地獄のような国だと噂になっていたから、好奇心で私の心が一杯。
ああ、人間の世界は、新鮮な刺激で満ち溢れている。
クスクスクス。
そして、拳サイズの妖精さんは、今日も私の頭に乗っている。
きっと、そこが楽なのだろう。
妖精さんは、風のバリアーに触れてもバラバラ死体にならなくて不思議な生き物だ。

「ねぇねぇ。
もっと人が居なくて自然に溢れた場所を旅しようよー。」

それじゃ何のために旅をしているのか分からないじゃないか。
私は、人間の世界に刺激を求めて旅をしている。
自然の化身の妖精さんには辛いかもしれないが、私は楽しいんだ。

「僕の都合を考えない鬼畜っー!」

小さい手でポカポカ頭を殴られたが、全部風のバリアーで防いだから、衝撃すら来ない。
次の国はどんな出会い(悲劇)が待っているのだろう。









飲まず食わずのまま歩いて200時間後
普通の人間なら、飲まず食わずで生活すると死ぬらしいが、水は空気中から集めれば良く、太陽の光があれば栄養を作り出す事ができるから、私は何も食べる必要はない。


200時間も歩いたおかげで、国を覆う広大な城壁が森の彼方に見えた。
城壁に大きな門が一つあり、その隣に小さな木製の小屋があった。
その小屋の所まで、大勢のトラックと人が列をなして並んでいる。
どうやら、そこで入国審査をするらしい。
人間の国は、国に入れたくない人間・思想・危険物を防ぐために、ああいう努力をしているんだ。
役人への賄賂や、身分を保障するパスポートとやらがないと入れない事が多いが、私には問題はない。
まず、私の周りの光を屈折させて、私の姿を見えなくする。
その状態のまま、魔法で空を飛び、城壁を越え、はい、国の住宅地と思われる場所に着地。
入国が一瞬で終わった。
妖精さんも私の後ろを飛んでついてくる。
小さい羽をパタパタと動かしてやってくる妖精さんが愛らしいけど、よく私の速度について来れるものだ。

「ラッキー。
いつもいつも思うんだけど、これは不法入国だと思うの。」

ばれなければ罪じゃない。
ばれたら飛んで逃げるから問題ない。
さぁ、この国を観光するとしようか。












ふむ、住宅地から歩いて、この国の大きな広場にやってきたが、道中で見たのは人間のお爺さんとお婆さんばっかりだ。
若い人間の姿がない。
この国は少子高齢化が進んでいるのかもしれない。
不老のまま、老人にならないエルフから見たら、人間の社会形態は面白い。
過激な若者ばっかりで戦争していたり、老人ばっかりで衰退したりと、様々な社会問題を抱え込んでいる。
この国は後者なのだろうか。
ん?
広場のベンチに座っている20歳くらいの人間の青年がいる。
元気がなくて、自殺や犯罪を犯しそうな暗い雰囲気だ。
さっそく、この国の事を聞いてみるとしよう。
暗そうな顔で思い悩んでいる所が、私の好奇心を掻き立てる。

「そこの人間。
何を悩んでいる?」

青年は顔をあげた。その顔は涙と唾でグショグショに濡れている。
そのまま顔を拭う事すらせずに、私に向けて返答を返した。

「あ、あんたは誰だ?」

「私はこの国に入国したばかりの観光客だ。
決して怪しいエルフではない。」

「そ、そうか。
ここはつまらないだろうから、余所にいってくれ。
俺は人生に悩んでいるんだ。」

どうやら初対面の人間に色々と喋る事ができない普通の人間だ。
だが、私の知的好奇心に、諦めるという選択肢はない。
早速、魔法で洗脳だ。
目と目を合わせて、洗脳ビーム!
洗脳ビームの光情報を使い、青年の脳味噌の一部を弄って、青年の私への認識を変更させる。

「私はお前の親友だ。
1000年の付き合いがある。
だから、正直に全部話せ。」

「あ、あんたは俺の親友だった?
すまん。」

青年とすぐに打ち解けた私に妖精さんが呆れた声で

「洗脳良くないよ。ラッキー。
それに人間の寿命って頑張っても、せいぜい100年だよね。
1000年とか、人間から見たら大昔だと思うの。」

細かい事は気にするな。
面白ければそれでいい。
仲良くなる過程を、一瞬で省略できて、この洗脳魔法は便利だ。
青年は、私を親友だと思い込み、悩んでいる内容を話そうとしているぞ。

「俺が悩んでいた理由は・・・今日中に就職しないといけないのに、大手企業の内定がないからだ。
この気持ち分かるよな?親友」

「就職か。
小さい問題だな。」

「おいおい、親友。
この国は、最初に就職した会社で、人生のほとんどが決定する事を忘れたか?
大手に就職できれば人生安泰だし、アルバイトは一生底辺だぞ?
アルバイトは幾ら頑張っても職歴にならず、その状態で25歳過ぎれば、社会から欠陥品とみなされて二度と正社員になれないんだぞ!?
就職できないと死刑だし、本当に嫌になる国だ!
俺達はなんでこんな糞みたいな国に産まれてきたんだろうな!
ちくしょー!」

青年はそういうと、立ちあがってベンチを蹴った。
なるほど、無職は死ぬ国か。
極端なルールがあって楽しい。
妖精さんも楽しい?

「ラッキーの存在そのものが許されない国だよね。
ラッキーも無職だし。」

うるさい。
旅人が私の職業だ。
そんな事よりも青年との会話を続けよう。
まずは就職できないと死刑な所にツッコミたい。

「人間よ。
なぜ就職に失敗したら死刑になる?」

「親友は俺を試しているのか?
20歳までに就職できない人間は、社会のゴミだからだよ。
無職なんて生きてちゃいけないんだ!
俺は無職にならないために、今頑張っているんだよ!
いいよな!
親友は女だから、適当にアルバイトして、良い男と結婚して専業主婦に永久就職すれば人生安泰だよな!
ちくしょう!」

青年は地面に向けて唾を吐いた。
よほど、就職とやらに悩んでいるのだろう。
私は人生の大先輩として、この人間を説き伏せて遊んでみようと思う。
その結果、どうなろうと責任は持たない。

「人間。
大手企業に就職する事だけが人生ではない。
中小企業にも目を向けたらどうだ?
きっと、小さいが頑張っている良い会社があるはずだ。
そこで頑張るのもいいだろう。」

「ふざけんな!
中小企業なんて、大手の下請けのブラック企業ばっかりだろ!?
どこも就業時間が月に300時間を超えているんだぞ!?
しかも低賃金!
親友は俺に、結婚も出来ない苦しみの人生を歩めと言いたいのかっ!?」

思ったよりも悲惨な国だった。
奴隷よりも酷い労働環境。
家庭に費やす時間もないな。
青年は怒り狂いながら、辛い思いを吐きだすように言葉を続けた。

「それにっ!
俺はっ!
今日中にっ!
就職しないと死刑なんだよ!
明日で20歳の誕生日だ!
親も就職しろ!就職しろっ!って毎日のようにいってうるさいんだよ!
それで就職できたら苦労はない!」

「そうか。
さっきから人間が悩んでいる理由が良く理解できた。
そして、最後に忠告してやろう。
そんなに就職活動が嫌で死にたくないなら、この国から出て行った方がいい。
外は危険で満ち溢れているが、自由がある。
そこに人間の居場所もあるだろう。
たぶん」

「うるせぇー!
それが出来たら、悩んでないんだよぉー!
皆っ!就職できない俺の事を馬鹿にしやがってぇー!」

「そうか。
悪かったな、人間。」

この青年が殴りかかってきそうな雰囲気。
私は青年から離れて、別の場所へと向けて歩き出した。
既に私の好奇心は、別の場所に向かっている。
そう。
会社を経営している権力者達は、この国の事をどう思っているのか?
この国で最も目立つ、100階はあるであろう超高層ビルの所まで、一気に魔法で空を飛ぶ。
この超高層ビルは、空の雲の所まで突き抜けていて、この国の建築技術の高さを私に教えてくれる。
屋上へと着地した私は、光を曲げる光学迷彩で姿を隠し、ビルの内部を探索して楽しむ事にした。
屋上の扉を開けて、コンクリート製の階段を下ると、黒くて豪華な扉と、その隣に社長室と大きく書かれた看板が見える。
なんだ、すぐに目的地に到着か。

「馬鹿と何かは高い所が好きって奴だよね。ラッキー。」

そうかもしれない。
私は社長室の扉を開けて中を覗いた。
そこには80才くらいの人間のご老人がいる。
目つきが凶悪で、同じ人間をゴミとしてしか見てないとすぐに理解できた。
きっと大勢の人間を食いものにしてきたのだろう。
早速、この老人に話を聞こう。
光学迷彩解除。
そして、瞬時に目と目を合わせて洗脳ビーム!
この光を見た者はっ!
脳を弄られて、私に対する認識を書きかえられる!

「人間。私は可愛い可愛い孫娘だ。
この娘のためなら死ねる。
そう認識しろ。」

「おおっ!可愛い孫娘ではないか!
ほれ!お爺ちゃんが欲しい物は何でも買ってやるぞい!」

ご老人は、満面の笑みを見せて、私の頭を片手で撫でてくる。
洗脳魔法は便利だ。
人間の世界では何処でも手軽に通用する。
逆にエルフは防御できるから、何の意味もない。
さぁ、私の好奇心を満たす世間話といこうか。

「人間。
あなたはこの国の労働環境をどう思っている?
月に平均300時間の労働をしているのは本当か?」

「ん?
孫娘は頭がええのぅ!
この国の仕組みに、10歳で気になるなんて・・・さすがワシの孫じゃ!」

お爺さんに抱きしめられた。
他人には厳しくても身内には優しい。
そういう、有り触れた人間なのだろう。

「孫娘が考えた通り、この国の労働環境は酷いもんじゃ。
月に300時間も働いたら、結婚して家庭を持つ事すら難しい。
奴隷みたいなもんじゃな。」

「いや人間。
奴隷は家族を持てるから、奴隷よりも酷い環境だと私は思う。」

「じゃが孫娘には関係ないぞ?
大人になったら、ワシが楽で高給な仕事を与えてやるぞい。
苦労するのは、馬鹿な貧乏人どもだけじゃ。
それにここだけの秘密じゃが・・・・今の国の労働環境を作りあげたのはワシなんじゃ。」

「ほう・・・、もっと聞かせてくれ。」

お爺さんは楽しそうな、邪悪な笑みを私に向けている。
こういう年季の入った人間の顔は良い物だ。
今まで生きた人生を表現しているようで楽しい。

「ワシの話を孫娘は信じないかもしれんが、昔、この国は労働者を過剰なまでに保護していた国じゃった。
やれ1日6時間労働。
休みは週に2日。
高額の賃金を保障しろ。
女の労働者が妊娠したら育児休暇と金を出せ。
労働者を使い潰すな。
社会福祉も考えろと、国も国民も無茶苦茶を言っておった。
おかげで他国との競争に、我が国は破れ、国の半分が失業者になって大変じゃったぞ。
そんな時、ワシは考えたんじゃ。
人の命は軽く扱わなければならんとな。
人の命は大切に扱うと腐るんじゃ。
もっと粗末に扱わねばならん!」

「ラッキー。
人間って汚いよね。」

妖精さん、そこが人間の楽しい所だ。
お爺さんは昔の事を楽しそうに思い出して、昔話を続けた。

「ワシは国を変えるために、まず政治家に賄賂をばら巻いて、法律を経営者が有利になるように変更した。
国民の反発が起きないように、一日の労働時間をゆっくりと7時間、8時間、9時間、10時間と伸ばし、低賃金長時間労働をしてくれる労働者を作り上げたんじゃ。
おかげで、この国は繁栄を取り戻した。
どうじゃ?孫娘?
ワシ偉いじゃろ?」

「ああ、そうだな人間。
人間の視点では、そうなのだろう。」

「でもな。孫娘。
また新しい社会問題が発生したんじゃ!」

お爺さんの顔が、さっきは楽しそうだったが、今度は怒りに染まった。
私に向けられた怒りではない。
恐らく、この国の人間にだろう。
このお爺さんは、身内に優しく、赤の他人に厳しく、赤の他人は何人死んでもいい。
なら、この怒りは赤の他人への怒りだ。

「労働者の平均労働時間が1日10時間を突破した頃じゃ。
職を恵んでもらう身分の分際で、今度は職業につかずに、街をブラブラ歩いて遊ぶ馬鹿どもが大量に現れたのじゃ!
社会に文句ばっかり言うゴミっ!ゴミっ!」

「・・・・」

「しかも、当時の国の法律にな!
国民は最低限の生活を送れる権利というものがあったから、ゴミどもは調子にのりおった!
ワシが納めた膨大な税金を、国は生活費としてゴミどもに支給したんじゃ!
おかげで、国中が働かないゴミどもが溢れて最悪じゃ!
ワシの今までの努力が全てに無駄になった!」

まさに上に政策あれば、下に対策ありという格言通りの事態だな。
生きるために、働かないという道を選択した人間が大量発生したのだろう。
私は一度も、賃金労働をした事はないが、人間の短い人生をつまらない仕事だけで終わらせるのは、さぞ辛いのだろう。
クスクスクス
人間との会話は楽しい。

「怒り狂ったワシは、金を政治家にばら撒いて、その法律を廃止した!
その時のゴミどもの顔ときたら、最高じゃわい!
気分が良かったワシは、そのまま無職を死刑にする法律も作らせて、国中のゴミどもにワシの奴隷になるか!それとも死ぬか!を突きつけたんじゃ!
まさに神様のような気分になれて最高じゃったわい!
ワシに出来ない事は何もない!
どうじゃ!ワシ凄いじゃろ!」

「なるほど、この国が今のような有り様になったのは、お前のせいだったか。人間」

お爺さんが、私の頭を撫で撫でしてきた。
人間とは不思議な生き物だ。
赤の他人をゴミとしか見てないのに、身内には優しい。
ん?
この超高層ビルの巨大な窓ガラスの外に視線を向けると、他の高層ビルの屋上に、先ほどの就職に悩む青年の姿があった。
その屋上には、落下を防止するための柵が周囲に張り巡らされているが、青年は手と足を使ってよじ登ろうとしている。

「ねぇ、ラッキー。
あれ自殺しようとしているよ。
止めなくてもいいの?」

あの人間は、働くか、死ぬかの二つ選択肢を突きつけられて、死ぬを選んだのだろう。
それがどうかしたのか?妖精さん。
青年が悩み抜いて選んだ結末なら、それでいいだろう。

「鬼畜っー」

私は青年の最後をじっくり見てみようと思った。
お爺さんも、青年が他のビルの屋上にいる事に気付いたようで、迷惑そうな顔をしている。

「ちっ!
ワシの奴隷にすらなれないゴミがっ!
死ぬなら、国の外で死ね!
あのビルは、ワシの所有しているビルじゃぞ!
自殺者が出たら不動産価値が下がる!」

青年はそのまま柵を超えて、ビルから落下した。
70階くらいある高層ビルからの落下した青年は、そのまま一番下の地上まで落下。
コンクリート製の地面に頭を撃ちつけて、頭が割れ、身体がありえない方向に曲がり、死んでいる。
きっと即死だったのだろう。
地上にいる大勢の人間達が騒いでいる声が、私には聞こえる。
物理的に聞くのは不可能だが、風の魔法で、ここまで音を運んだから聞こえた。

「きゃっー!また飛び降り自殺っ?!死ぬなら余所でやってよね!」
「きゅ、救急車ぁっー!誰か救急車を呼べぇー!」
「また・・・就職に疲れて自殺か。この国はおしまいかもな。あー、俺も死にたい。」

なんて生き辛そうな国だ。
だから、人間は見ていて面白い。
無数の生き方と、死に様がそこにある。
死体となった青年の顔は、この国の全てを恨むような憤怒の顔だった。
きっと、このお爺さんみたいな奴の事を、死ぬほど恨んで死んだのだろう。
この世界は、悲劇に満ち溢れているな。
クスクスクス

「ラッキー。
笑顔で死体を見つめちゃ駄目だよ!?」



















青年が死んだ一ヶ月後、私はこの国から出た。
お爺さんのお金で最高級の贅沢スイーツとやらを食べ、お爺さんからたくさんの贈り物を貰い、全部、魔法で私の所有する別荘へと転送した。
1000年くらい働かずに旅を出来そうなくらいに、お金も貰って良い国だった。
確かに客にとっては天国で、労働者にとっては地獄という噂通りの国。
あの人をゴミとしか見てないお爺さんは、良いお爺さんだった。
きっと長生きするだろう。
今は手に金貨を1枚持ち、その輝きを見てゆっくり。
金色の輝きって美しい。

「ラッキーの鬼ぃっー!
その金って、あの国の苦しんでいる労働者のお金だよ!」

妖精さんが、私の頭をポカポカ叩いている。
私には分からない。
私はエルフで、彼らは人間。
あれは彼らが解決すべき問題だ。
どのように解決するのか気になるから、20年後くらいに、また、あの国を訪れてみるとしよう。
その時が楽しみだ。
これも旅の醍醐味に違いない。
ああ、今日は空が晴天で気持ち良い。
雲がほとんどなく、真っ青。
見ているだけで清々しい気分になる。
空中に一日中浮かんで、日光浴も良いかもしれない。












働く義務がある国 → 資本主義が暴走して労働者を使い潰す国

後篇に続く。





 


 

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