1国目 死ぬ事が運命で決められている国
空は雲がないくらいに晴天で、光が燦々と降り注いでいて心地良い気候。
エルフの少女【ラッキー】は、山と山の間にある険しい小さな道を歩いていました。
背丈は人間の10歳児ほどで、とても小さい女の子です。
地面にギリギリ届きそうな長さの黄金のような金髪と、長く尖っている耳が特徴的で、白いローブ(袖つきのワンピース形式のゆったりとした外套)を着ています。
エルフを知らない方に説明すると、神の血を引く半神半人の恐ろしいほどに強い化物の事です。
寿命は存在せず、殺されない限り死ぬ事はありません。
死んだ場合、周りの地形ごと巻き込んで、オーストラリア大陸サイズの世界樹になる大変迷惑な生き物です。
今は、歩くのに邪魔な山を風の魔法で吹き飛ばして消滅させていました。
その威力は戦略核兵器に匹敵する凄い威力。
小さな国なら、この一撃で消滅しちゃうエネルギーでした。
「ラッキー!
自然を司る神様の血を引いてるのに、自然破壊しちゃ駄目ぇー!
僕と一緒に故郷の森に帰ろうよぉー!」
ラッキーの周りを、拳サイズの妖精さんが飛んでいます。
妖精さんは、背中から蝶の羽を伸ばしていて、赤色のドレス、緑色の髪をしている可愛らしい女の子。
実は、ラッキーと妖精さんは、故郷の森から一緒に旅をしている友達なのです。
妖精さんは、故郷の森に帰りたいと思っているのですが、ラッキーはあと100年くらい旅をするつもりなので、帰る気が全くありませんでした。
ラッキーは無表情のまま、妖精さんに言います。
「嫌だ、私は旅をしたいの。
静かな森でゆっくりするのは飽きた」
「人間の世界やだぁー!
コンクリートジャングルーは辛いよぉー!」
ラッキーと妖精さんは、とても仲良しですね。
少女達は今のようなやり取りを繰り返し、100時間ほど眠らずに森を歩きました。
普通の人間なら死んでしまいますが、エルフは水と光があれば生きていけます。
妖精は自然の化身なので、例え死んでもすぐに復活できるので何の問題もありませんでした。
どっちも旅をするのに最適な身体をしています。
旅はとても危険ですからね。
どう危険かは、この物語を読めば分かるようになります。
今、少女達の眼前に人間の国が広がっていました。
国の周りには、外敵から国を守るために、高い城壁が張り巡らされていて、城壁のせいで国の中を見る事ができません。
唯一の入り口である城門らしき場所には、銃で武装した軍隊と、入国審査を待っている数十のトラックの行列が出来ていました。
国とは、不審者を入れないように、こうやって日夜努力しているのです。
ラッキーみたいな国籍もない女の子は、賄賂でも払わない限り、入国する事は不可能でした。
だから、ラッキーは、魔法で自分の身体を浮かし、光を歪めて姿を消す光学迷彩を周りに展開、空から正々堂々と不法入国します。
あっという間に、国外から、国内の住宅地らしき場所へと着地し、そこで光学迷彩を解除して、入国が成功しました。
このラッキーのやり方に、妖精さんが不満そうです。
「ラッキー。
不法入国は良くないと思うの」
「いつも入国拒否されるからやだ。
この方が安全で賄賂もいらないよ」
「故郷に帰ればいいのに……」
ラッキーは、入国できた事を喜び、良い笑顔をしていました。
人間の国が好きなのです。
住宅地のコンクリートで舗装された道路を歩き、ラッキーは人間がたくさん居そうな広場へと向かいました。
この国は科学が発達して豊かそうで、道路の真ん中には鉄の車が走り、貧乏な格好をしている人間や、物乞いが1人も居ません。
皆、とても幸せで豊かです。
食べ物は捨てるほど溢れ、燃料などの資源に困らず、文化も発達していて娯楽が豊富なのが見ているだけで分かります。
でも、広場に一人だけ、不幸そうな顔をしている人が居ました。
20歳くらいの痩せている青年です。
顔を真っ青にして、ベンチに座って地面ばっかり見ています。
ラッキーは気になったので、歩いて近づいて
「そこのアナタ。
何を悩んでいるの?」
青年は、ラッキーの声に顔をあげました。
キラキラで綺麗な金髪をしているラッキーの姿を見て、青年は少し驚いています。
でも、すぐに我に帰って冷静になり
「・・・ん?お嬢さんは誰だ?」
「普通の旅人だよ。
この国には、さっき入国したの。
悩んでいる事を、私に話してくれると嬉しいかな」
(旅人?
こんなに小さい娘が?)
ラッキーは青年から怪しまれましたが、子供の戯言だと思われたので特に問題にはなりませんでした。
ラッキーの小さくて綺麗な外見は、人を油断させる効果があるのです。
青年は、少ししてから、悩んでいる内容をポツポツ話しました。
「まぁいいか。話しても損はしないしな。
俺はな。
今日、死ぬ事が決まっているから悩んでいるんだ」
「ん?
死ぬ事が決まっている?
どういう事なの?」
「お嬢さんの年齢だと、この一般常識はギリギリ知らないよな。
この国じゃ、人間が産まれた時に、1万に1人の割合で、脳味噌に超小型爆弾を仕掛けるんだ。
それで20歳の誕生日になったら、自動的に爆弾が爆発して対象者を殺す、そういう仕組みになっている」
ラッキーは不思議に思いました。
何でそんな事をするのか、全く分かりません。
青年は説明を続けました。
「何故、爆弾を仕掛けるのかというとな。
故意に国民の命を奪う事で、国民全員に命の尊さを実感させて、大切で貴重な人生を生きて欲しいっていう、この国の伝統なんだ。
かれこれ、500年ほど、この伝統が続いてる」
「・・・なるほど、アナタはそんな理由を抱えていたから、不幸そうな顔をしていたんだね。
死ぬ日が勝手に決められて大変だったでしょ?
今まで生活するのは大変だった?」
「いや、この爆弾が脳味噌にある事を本人に知らせるのは、死ぬ当日だから、俺は昨日まで呑気に暮らしてたぞ。
まぁ、お嬢さんと会話したおかげで、大分、気が楽になった。
ありがとな」
青年は右手をラッキーの頭の上に置き、綺麗な金髪を撫で撫でしました。
青年は知りませんでしたが、ラッキーの周りには常に風のバリアーが展開しています。
もしも、ラッキーが一部解除しなかったら、青年は今頃、腕がバラバラになって出血死して危ない所でした。
ラッキーは、まだ聞きたい事があるので、青年に問いかけを続けました。
「・・・ところで、この伝統のせいで死亡した人間達は、大人しく死んだの?」
「いや、俺みたいに死を受け入れる奴は9割くらいらしいな。
残りの1割は、死ぬ前に好きな娘を殺して心中したり、高いビルから飛び降りて自殺したり、家族を殺したり、銃を乱射して学校の生徒を皆殺しにしたりして、犯罪を犯してる。
死ぬ事が決まっているから、そいつらは自暴自棄になってしまったんだな」
ラッキーは驚きました。
この世は矛盾した事だらけです。
「・・・・・・うーん?
その伝統は、命の尊さを教えるための伝統なんでしょ?
なら、なんで、他者の命を奪うの?
本当に命が尊いなら、他者の命を奪わずに大人しく死ぬはずだよね?」
「この伝統が今も続く本当の理由は、俺にも分からん。
今日まで、俺には関係ないと思って生きてきたから、全て他人事だと思っていた。
当事者になったから分かるが、こんな伝統意味ないよな。
お嬢さんの言う通り、命が尊くて価値があるものならば、さっさと廃止すべきだと思う」
青年はため息を吐きました。
ラッキーは、人間世界の矛盾さに頭を悩ませながら楽しいなと思いました。
全く違う常識に触れあうのは、新鮮な出来事だったのです。
楽しかったので、青年にお礼をしようと思いました。
「よし、その話で私を楽しませてくれたお礼に、その爆弾を破壊してあげるよ」
「え?」
ラッキーは、青年の頭を、小さな両手で掴みました。
そして、探査魔法をかけ、脳味噌の何処に爆弾があるのかを調べます。
一瞬で爆弾の場所を理解したので、微弱な電気を魔法で流し、爆弾の起爆装置だけを破壊しました。
青年の頭から両手を離して、ラッキーは両手で背後に何かを隠すような仕草をした後に、見惚れるような素敵な笑顔を浮かべます。
「・・・爆弾は壊れました。
アナタには未来がある。
良かったね」
青年は小さい娘が自分を励ますためにやった冗談だと思いました。
ですが、ラッキーが目の前で光を歪めて姿を消す光学迷彩を展開して見えなくなったので、慌てます。
ラッキーの姿を探そうと、青年はベンチから立ちあがり、周りを見渡しました。
でも、青年の目には、ラッキーの姿が映りません。
「あの娘は・・・俺の幻覚だったのか・・・?
それとも、本当に俺を救ってくれた天使・・・?」
ラッキーは、青年の目の前でクスクス笑っていますが、青年の目には映りませんでした。
人間が驚く姿を見るのが、ラッキーは大好きなのです。
ラッキーはそのまま歩いて場から離れ、この国を一日観光してゆっくりしました。
ラッキーの片手には、青年の頭を掴んだ時に、風の魔法で盗んだ財布(お金を入れる袋)が握られています。
手癖が悪い娘なんですね。
翌日、ラッキーは、青年と出会った広場へとまた向かいました。
人間の国は、エルフのラッキーにとって刺激が満ち溢れていて楽しい事ばかり。
青年の財布の中の金で、遊園地にいったり、買い物をしたり、公共機関を利用して昨日一日楽しんだので、ラッキーはご機嫌です。
広場まで歩くと、昨日会った青年が地面に、頭だけを残して全身を埋めらている姿が見えました。
広場には、広場を埋めつくすほどに大勢の人間の群衆がいて、とっても怒っています。
群衆は口々に叫びました。
「伝統を破るなんて、あなたは命の尊さを知らないの!?」
「命の尊さを知っているならっ・・・!なぜ大人しく死なない!」
「運命を受け入れないのは、クズのすることよ!」
「早く死ね!」
どうやら、青年が予定通りに脳味噌の爆弾を爆発させて死ななかった事を怒っているようでした。
ラッキーは、この人間達の言葉を聞いて、命の尊さを語ってる割には、青年に死ねとか言って矛盾しているなと思いました。
群衆が一通り青年を罵倒したから、青年は泣いています。
生きている事そのものを全否定されたからです。
ここまで皆から罵倒されると、この国で生きるのは不可能でした。
一日、余分に生き延びたせいで、本当の絶望が待っていたのです。
人間、生きている事そのものを全否定されるのは、殺される事よりも辛いのです。
青年は泣きながら、群衆の心に訴えかけようと、絶望を感じながら大声で
「俺が何をしたって言うんだよ……
命が尊いなら!俺は生きてもいいだろっ!?
なんで俺が死なないといけないんだよ!?」
すぐに群衆から返答が返ってきました。
石です。
群衆が投げた100にも及ぶ石による投石。
それが返答でした。
次々と青年の頭の周りに石が落着し、その一部が青年の目に当たり、青年を失明させました。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
青年は顔から血を流して泣き叫び、絶望しています。
もう、何を言っても、自分は助からない。
そう理解してしまったのです。
しばらくすると、警官と思しき青い服を着た中年の男がギザギザのノコギリを手に持って、広場にやってきます。
まず、群衆の方へと警官は顔を向けて、大声で叫びました。
その叫びには怒りの感情が籠っています。
「青年は、我が国の伝統を侮辱し、死ぬ運命に抗いました!
この伝統が、国民達に命の尊さを教え、命とは何かを考えさせるための行いだというのに、自分の命欲しさに伝統を破ったのです!
これはとても許されない事です!
だからっ!
貴官は心を鬼にして、伝統を遂行する所存であります!
終わるはずだった命をっ!
今ここでっ!
終わらせます!」
警官はそう言うと、ノコギリを青年の首の所へと当てました。
青年は嫌そうな顔をして、泣き叫びますが、警官さんはノコギリをギコギコ引いて、首の切断を始めます。
ラッキーは、この光景を見て痛そうだなと思いました。
広場に青年の悲鳴が響き渡り、首から血が溢れ出ます。
そのまま青年の首は、ノコギリでギコギコと切断されて、広場の地面にゴロンと転がりました。
群衆は青年が死んだ事に安心し、大喜びです。
「やったぞ!伝統を破った愚か者が死んだ!」
「命の尊さを分からない若造め!これで命の大切さが分かっただろう!」
「やったー!人は何時か死ぬ!それが理解できたー!」
「なんて命は尊いのだろうー!」
ラッキーは、この群衆の姿を見て、クスクス笑いました。
群衆は命の尊さと言ってる割には、人の死を見て喜ぶ人達だったのです。
人間の国には、考えても理解できない矛盾で満ち溢れていて、ラッキーは笑い死にしそうなくらいに笑いました。
妖精さんは、彼らを見て涙を流しながら呟きます。
「ねぇ、なんで人間はこんなに残酷なの?
こんな事しても無意味なのに、どうして意味もなく命を殺すの?
・・・もうやだ、故郷に帰りたい」
ラッキーにも分からない事だから、答える事ができませんでした。
ただ、広場で警官さんが言ってる事が、頭に残りました。
警官さんは神妙な顔で語っています.
「皆さん。
青年は、私達に命の尊さを教えるために死にました。
彼のような幸先ある若い命が死んだ事を悲しみ、冥福を祈りましょう。
これは意味のある死なのです」
警官さんは、自分でその命を無意味に殺したのに、全く罪悪感を感じていませんでした。
ラッキーは、人間の世界は理不尽な事で溢れているんだなと思いました。
分かった事は、この国は伝統が一番大事であり、人間の命なんてゴミ程度の価値しかないという事です。
尊い命なんて、何処にもありませんでした。
青年の命は、伝統と比べる価値もないゴミだったのです。
群衆が立ち去った後、場に残されたのは死んだ青年の首。
この世の全てを恨むような、悲しむような絶望と憤怒が合わさった不思議な顔でした。
死ぬ事が運命で決められている国 おしまい。
ラッキーの口調変更 →女の子らしくした。無感情だと読んでいると辛すぎる。
●差別のない国。
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●人種偏見残ってるけど、それを言ったら差別だぁーと言われる逆差別の国。
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●肌が真っ黒 肌が真っ白 真っ黒の方は過去に奴隷だった記憶がある。
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