モヒカン頭の戦士さんの案内でこの汚そうな国を見る事になりました。
差別って酷いと思いますけど、日本でも江戸時代の身分制度の名残で、数十年前まで部落差別が残っていましたし、人が人を差別するのはどうしようもない事なのかもしれません。
認めたくないですけど、それが人間という生き物なんです。
公然と見下せる他者がいると、人間は現状の不満やストレスを発散しちゃうから、国の運営がしやすいんですよね。
ん?舗装されていない土の道を歩いていると、道を数匹の真っ黒な牛が歩いている事に気づきました。
周りの人々はそれを気にせずに、素通りしているのです。
よく見たら、ところどころ見える路地にも牛が居て、周りに飼い主がいないようです。
だから、目の前でニヤニヤしている戦士さんに聞く事にしました。
「戦士さん、この国では野良の牛が多いのですか?」
「へぇ、そうです。エルフ様。
この国では牛様を神聖な生き物として祭り、死の間際に牛様の尻尾に触れると天国へといけるといわれている事から、あちこちに野良の牛様がいるんでさぁ」
「じゃ家畜階級の人と、牛様だとどちらが偉いのです?」
「そりゃ牛様ですよ、牛様。
エルフ様もこんな質問するなんて人が悪いんでさぁ」
つまり、人間よりも偉い牛という事なのです。
家畜階級って呼んでますけど、実情は家畜以下なんですね。
こんな国に転生しなくて良かったのです。
ブーン
後ろから車のうるさいエンジン音がしました。
ふと後ろの道を見ると、一台の大きなトラックが走っているのです。
私、前世でトラックに轢かれたから、トラックには因縁があるんですよね。
トラックはそのまま、道端で泥水を飲んでいるボロボロの衣服を着た人間さんの頭を、タイヤで轢きつぶして即死させ、何事もなかったのように道を通り過ぎ……って!駄目なのです!
ひき逃げ事件なのです!
精霊さん!トラックのタイヤにビーム!
交通事故すいませんー!
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【わかったよー】【後で撫で撫でしてくれるんだねー】
光の精霊さん達が、トラックの前輪をビームを放って焼き切り、トラックは体勢を崩して、その場で横転して動かなくなりました。
運転手さんが怪我しましたけど、軽い怪我なので放置。
……ふぅ、あとはこの国の警察が何とかしてくれるはずなのです。
轢き逃げは重罪なのです。
私が黙って成り行きをその場で見守っていると、道の周りに居た人々は慌てて走り出し、トラックに轢かれた人を無視して、トラックの中に居た運転手さんだけを助け出し、20分後にやってきた救急車に引渡したのです。
……あれ?
轢かれた人は無視なのですか?
遺体放置? 私がそうやって呆然としていると戦士さんが媚びた声で
「エルフ様〜、そんな家畜階級の死体なんざ見ても有益な事は一つもありませんぜ。
こっちに美味しいメロンを出す良い宿があるんで、紹介しますんでさぁー」
「……あの死体をどうして皆が放置するのですか?」
「はっ?
家畜階級のゴミですぜ?エルフ様」
「でも、同じ人間なのでは?」
「家畜階級はこの国では人間として認めてないんでさぁ。
ああやって死んだのは、家畜階級の糞どもが前世で酷い事をしたせいだから、エルフ様、同情しちゃいけませんぜ?」
人間を人間扱いしない。
とても酷い国なのです。
でも、この世界では有り触れている普通の国なのかもしれないのです。
この国はまるで、広い世界を圧縮した縮図のように思えました。
綺麗な格好をして幸せそうな僧侶階級、ボロボロの服を着て人間扱いされない家畜階級。
最貧国と豊かな国の人々が同じ空間にいて生活している。
そんな国でした。
戦士さんの案内で、繁華街らしき賑やかな場所を通ると、家畜階級と思しきボロボロの衣服を着た10代後半の女性がこちらに向かって走ってきました。
体中が汚くて臭い臭いなのです。まるで肥溜めのような酷い匂いです。
女性は、その勢いで戦士さんの太ももに縋り付き、真摯な気持ちを目に込めて、こう訴えたのです。
「戦士様!お願いです!
排泄物運搬やトイレ掃除以外の仕事をください!
私はちゃんと学校で教育を受けました!
報酬がパン一枚だけの生活は嫌なんです!
学校で商学と金融を専攻したから、店で働けま……アバブッ!」
返ってきた返事は、戦士さんの鋭い蹴りです。
家畜階級の女性は顎を思いっきり蹴られて、地面にのたうち回りました。
えと、精霊さん、この女性の怪我を治して欲しいのです。
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【お人好しすぎるんだねー】
【わかったんだよー】
女性の怪我が瞬時に癒えていく中、戦士さんは女性を、ゴミを見るような酷い目で見て
「はぁ?お前何言ってんの?
家畜階級の分際でふざけんなぁー!
誰の断りをえて、俺に抱きついたんだよぉー!
ふざけんなぁー!ボケェー!」
再び、女性の顔を思いっきり太い右足で蹴りました。
女性は痛みで気絶して地面に倒れたのです。
……精霊さん、もう一度、この女性の怪我を治して欲しいのですよ。
働かせすぎてすいません。
今日はホテルで電気を一日中付けっぱなしにして、撫で撫でしてあげます。
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【やったー!一緒に寝れて幸せー!撫でて撫でて!】
【この国はひどいんだねーもう一回治癒してくるよー】
精霊さん達が女性の怪我を治療している最中にも、戦士さんがガスッ!ガスっ!と気絶した女性に蹴りを入れていました。
……もうやだ、この戦士さん。
さっきから怪我を治しても治しても、新しい怪我が増えていくのですよ!
戦士さんは女性を完全に見下しきって、ゲスな笑みとともに叫びながら蹴りを入れています。
「お前はなぁー!前世でとんでもない悪い事をしたから、家畜階級なんだよ!
わかったら善行をしろよ!善行をなぁー!
そしたら来世で良い階級になれるんだよぉー!
この俺のようになぁー!ギャハハハハハハ!」
私と師匠がじーと、その暴力三昧の悪行を睨んでいると戦士さんが視線に気がついて、女性を蹴るをやめて、両手をモミモミしながら低姿勢で謝罪してきました。
「あ、エルフ様、申し訳ありません。
見苦しいところをお見せしたんでさぁ」
さすがにこの戦士さんの所業がひどすぎるので、師匠が冷たい声で問いかけました。
「……君がやった行為は悪行じゃないのかい?
僕には、君が前世で良い事をした善人に見えないね。
そんな酷い事をしていたら、来世は家畜階級になるんじゃないのかい?」
「いえいえエルフ様。
あいつらは家畜ですよ、家畜。
前世で大量虐殺とかやったようなクズじゃないと転生しない階級ですよ?
ああやって調教しとかないと、あいつらは自分の事を人間だと勘違いしちまうんです。
俺は彼らのためを思って殴ったり蹴ったりしているんでさぁ」
戦士さんは本当にそう思い込んでいて、何の悪びれもなく言い切ったのです。
酷い。
これが本当の身分差別。
酷すぎます。
この世界、かつて神様が支配していたはずなのに、なんでこんな国があるんですか?
絶対、この国の支配階級に魔族が紛れこんでいるに違いないのですよ。
出来ればそうあって欲しいです。
私は、まだ人間には絶望したくありません。
更に道を進むと、牛舎が道の左側に見えました。
そこでは牛が、桶の中にある水をグビグビ美味しそうに飲んでいるのです。
この国は気候的には暑い暑い酷暑だから、普通の生物はきっと喉がカラカラに乾いて大変だと思うのです。
私はエルフだから、精霊さん達からエネルギーを分けて貰えば平気です。
精霊さん、いつもいつもありがとうなのです。
あなた達が居なかったら、今頃……この国のなんかいろいろ入りすぎた汚い水を飲まないといけない所でした。
きっと飲んだら、お腹壊すと思うのです。
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【報酬は撫で撫ででいいんだよー】
【エルフは近くにいるだけでゆっくりできるんだよーわかるんだねー】
おや?
牛舎の中にボロボロの衣服を纏った家畜階級っぽい女性がいるのです。
でも、様子が可笑しくて、口を開けてハァハァして、喉がとても乾いている様子でした。
羨ましそうな顔で牛が飲んでいる水を見て、女性も牛のように桶に顔を近づけて……牛と一緒に桶の水をグビグビと飲んだのです。
この国は水資源が貴重なんですかね?
でも、街の真ん中に大きな川が流れているから、濾過すれば飲めると思うだけに不思議な事が多い今日この頃なのです。
「貴様ぁー!牛様の水を飲むとは何事だぁー!」
あ、私達の案内をしている戦士さんとは別のハゲ頭の戦士さんが、片手に鞭を持ち、走って女性の近くまでやってきました。
そのままハゲ頭の戦士さんは鞭でパシンッ!パシンッ!と家畜階級の女性を何度も何度も鞭で叩いて、とっても女性が痛そうなのです。
戦士さんは頭を真っ赤にさせて激怒して叫んでいます。
「きさまぁー!家畜階級の分際で牛様の水を飲むとは何様のつもりだぁー!
恥というものを知らんのかぁー!
家畜以下の肥溜めがぁー!」
「ひぃぃぃ!!!お許し下さいいいいいい!!!!
今日は水を1滴も飲んでなくて死にそうだったんですぅぅぅぅ!!!」
家畜階級の女性は鞭で何度も何度も叩かれながら必死に謝罪しますが、ハゲ頭の戦士さんは鞭を止めません。
えと、そろそろ精霊さんを使って傷を治した方がいいですかね?
私が悩んでいる間に、戦士さんの怒りはどんどん増し、鞭にこめる力が上がっていて大変なのです。
「そこら中に泥水があるだろうがぁー!
どうしてそれを飲まぬっー!」
「ど、泥水を飲んだら、病気になって死んでしまいます!
私の両親も泥水を飲んで疫病で死にました!」
「なら貴様も死ねば良かったのだ!
そうだ!そうしよう!
貴様はここで死ぬのだ!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!
この蛆虫がぁー!
牛様に心の底から謝罪して死ねぇー!」
戦士さんが鞭を更に激しくパシンッー!パシンッー!と女性に激しく叩きつけました。
女性の皮膚は真っ赤に裂けて血が出て痛そうなのです。
……精霊さん、あの女性の怪我を治せますか?
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【既に死んでるから無理ー】
【あの女性、いろんな病気にかかって身体が既に限界だったんだねー】
はい?
す、既に死んでいるのですか?
幾らなんでも殺すのはやりすぎなのです!
そう思ってハゲ頭の戦士さんに向けて軽く火傷する程度のビーム攻撃をしようとしたら、師匠が私の肩を掴んで止めました。
私が振り返ると、師匠は顔を横に振って、攻撃を止めるようにジェスチャーしてます。
「……師匠、この国が可笑しいと思わないのですか?
女性が些細な事で殺されて、犯されてゴミのように死ぬのに納得していいんですか?」
「僕だって納得してないが、これはこの国の問題だよ、ヴィクトリア。
彼らには彼らの価値観があるんだ。
ヴィクトリアが死んだ女性の代わりに、相手を制裁しても何の意味もないよ。
これがこの国を支えてきた合理的なルールって奴なんだからね。
……もう、この国を出よう。どうやら小さい娘の教育に悪いようだ」
師匠が私の手を強く掴んで、強引に国の外の方角へと歩いています。
案内役の戦士さんは困惑して
「エルフ様っー!
良い宿はあっちですよー!あっちー!
高給メロンや、美味しいジュースもでるんでさぁー!」
と何度も叫んでいましたが師匠はそれを無視して歩きました。
街の外へと出る頃には、既に太陽が地平線の彼方へと落ちそうな時間帯。
外には、大量の排泄物を荷車に詰め込んで運搬している家畜階級の女性達の姿が多数見えます。
その中で、1人の汚物まみれの女性が泣いてブツブツ言いながら、排泄物が大量に詰まった荷車を引いて運ぶ光景を……私は目にしました。
「この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!この仕事しかない!明日もこの仕事しかない!来年もこの仕事しかない!
死ぬまでこの仕事しかない」
この地には絶望が満ちているのです。
階級によって選べる職業が限定されている彼女達の事情を、今までのやり取りで私は理解できました。
家畜階級のあの人たちは、ずーと、人間の尊厳を得られない感じの酷い仕事しかないのです。
学校で何を学ぼうが、どんなに才能に溢れていようが、この国ではそんなもんは無意味なのです。
産まれで就ける仕事が決められてしまっているのですから。
私は幸運でした。
敬愛する素敵な師匠と出会えて、こうやって私の事を心配してくれる人に会えて恵まれています。
師匠と私は少し気まずい雰囲気のまま、国の外へと外へと歩きました。
もう少しで夕日が沈んで、光の精霊さん達が少なくなる夜の時間帯が訪れようとしています。
 ̄  ̄
 ̄ ☚顔
【元気だしてね?だしてね?】
【渡る世の中は鬼ばかりなんだねーわかるんだよー】
【また明日ー】【お元気でー】
【さよならー】【太陽さんが逃げてる!】
【太陽さん追いかけてくる】
【太陽さん逃げちゃ駄目ー】【太陽さん待ってー】
光の精霊さん達は、落ち込んでいる私を励ましたり、夜の時間が迫りつつあるから、大急ぎで他の場所へと去ったりと大忙し。
でも、そんな彼らを見ていると思うのです。
ああ、この精霊さん達はとっても良い人達だって。
私、恵まれてますよね。
あとがき
現実
下位カースト(´・ω・`)わーい、いい職業に採用されたー だから同じカーストの皆を同じ職場に呼んでくるー
え?他のカーストしらんがな
面接にきても採用せん。
同じカーストのみんなでっ・・・!職場を埋め尽くす!
上位カースト(´・ω・`)逆差別だ!
テーマ➊【イ●●のカ●●制度】
小説書くためにインドのカースト制度のひどさを纏めてみた。
http://suliruku.blogspot.jp/2015/02/blog-post_63.html
テーマ❷【実際にあった事件群をニュースの断片などから想像して物語にして、組み合わせてストーリーを作った】