シルバーは昔、江戸時代について描かれた本を読んだ事がある。
特に印象に残ったのは、8代将軍徳川吉宗の政策だった。
なんと目安箱なる箱を設置し、庶民の意見を投函させて、政治に反映させる――アホでも理解できる政策を行動を実行した名君なのである。
しかし、これを将軍の部下視点で考えてもらいたい。
目安箱は誰でも手紙を投函する事が可能で、将軍が持つ鍵でしか開封できない箱だ。
当然、悪政をする役人がいれば、その事が目安箱を通じて『将軍』に報告される可能性が発生する。
つまり、幕府の役人達は、市民達から監視され、不正な行いが出来なくなるという事を意味するのだ。
それ故に監視網は、組織の腐敗を浄化する最善の手段なのだと、シルバーは思った。
(俺の行為のひとつひとつが監視され、酷い事が何もできないって事だよなっ……?
異世界で聖人君子っぽい行動しないと批判されて、ネットで炎上するんじゃっ……?
うーん、考えるのやめておこう。
考えれば考えるほど、行動が制限されて死亡率上がりそうだし)
それよりも、今やるべき事がある。
飛行訓練。空を飛んで飛びまくって、効率の良い飛び方を見つけるべきだ。
そう考えたシルバーは空高く飛び、羽を震わせて、この幻想的な体験に浸る。
空を飛べる妖精は、この世で一番最強の種族なのかもしれない。そう信じて込んでしまいそうなほどに心地よい飛行だった。
(……空を飛ぶのって気持ちいいなぁ)
圧倒的な全能感がシルバーの体を包み込み――次の瞬間、それは弾けた。
『空飛ぶエネルギーって何処から持ってきているの?』
『エネルギー尽きたら落下死すんぞ』
人を空中に浮かせるには、膨大なエネルギーが必要になる。
その科学の公式を理解させられたシルバーは、ニャンコがいる場所へと急いで戻り、ゆっくり地面に着地した。
「お帰りなさいですにゃ、ご主人様」
『ご主人様wwww』
『こいつwwwwシルバーに寄生する気満々だwww』
『俺もニャンコ飼いたい!』
鬱陶しいネットの声を無視し、シルバーはニャンコに問いかける。
「なぁ……ニャンコ。
妖精が空を飛ぶ時、精神力とか、そういうエネルギーを消費しているのか?」
「にゃにゃにゃっ。正気ですかにゃ?
精神力なんてエネルギーが存在するはずないですにゃ」
「でも、俺が空を飛べるって事は、とんでもないエネルギーが消費されてるって事だろ?」
「エネルギー源は、ご主人様の運を削って……げふんげふん。
永久機関にゃー。いくらでも使えるファンタジーなエネルギーにゃー」
「おおーい!?
その誤魔化し方はやめろ!」
『ひでぇぇぇ!!運を削って使うとかwwww』
『空を飛べば飛ぶほど、死にやすくなるって事だよなwww』
『この設定やばいwwwww』
「だ、大丈夫ですにゃ。
運は消費しても、時間が経過すれば戻りますにゃ」
「消費しすぎたら死ぬって事だろ!?」
「にゃにゃにゃっ」
「駄目だ、このニャンコ役に立たない……?」
「あえて忠告するのなら、ご主人様が女の子になれば問題解決ですにゃ。
女性は運のステータスが高いですにゃ。
あと、他者を殺してレベルアップすれば、運ステータスも上がりますにゃ」
「女になるのは嫌だ!」
『ゲームチックだなぁ』
『RPG風異世界とか……ある訳ないだろ……』
シルバーは迂闊に飛行訓練ができなくなった。
運ステータスという見えない何かを消費して空を飛ぶ行為は、飛行機に燃料計が付いてないに等しい。
空を飛んでいる最中に、『運』とぃう燃料が尽きれば、シルバーの小さな身体は当然のように落下し、地上に超高速で叩きつけられて死ぬ。
折角、絶世の美少年になった彼としては、二度目の人生を無駄に終えるのは避けたかった。
「ス、ステータスを確認する方法はあるのか?」
「吾輩は鑑定スキルを持ってますにゃ。
ご主人様の運は、3ですのにゃ。
飛び過ぎたら落ちるから、気をつけて欲しいですにゃ」
「その運の量で、どれだけ空を飛べるんだ?」
「自動車と違って、感覚的なものだから分からないですにゃ。
恐らく30分〜1時間飛行したら、運が尽きて死ぬと思いますにゃ。
女の子になればワンチャンスですにゃ」
『どこまでもゲームチックな異世界』
『現実味がなさすぎる……』
「出来れば、ご主人様にはスカートと縞々パンツを履いてもらって、空を飛んでくれたら嬉しいですにゃー。
もっともっと撫でてもらいたいにゃー。
あとネット通販で、ツナ缶を買ってほしいのにゃー」
「調子に乗るな」
シルバーの小さな手が、ニャンコの大きな頭を、軽く叩いた。
『ショタと猫の組み合わせ最高』
『俺も猫とモフモフしたい』
『この異世界、ネット通販あるのかwwwww便利すぎるだろwww』
残金5万円