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本好きの成り上がり |
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「ポカポカだよ〜」
テレサさんが日光浴で太陽光発電している隣りで、お腹を空かせた私とエミールは、食堂でテファさんの美味しいドレッシング付きのサラダを食べ、人間らしい真っ当な生活をしていた。
食べていると、生きている気分が手軽に味わえてお得だ。
料理を作ってみんなに配っているテファさんは、昨晩、村長と激しく愛の営みをやったとは思えないほどに平然としている。
いや、これは失礼か。村長殿とテファさんは夫婦なのだ。
愛し合う男女が一緒に居たら、ああいう事を毎日のようにやるのが常識。
こういう下品な目線で物事を見るのはやめておこう。
「あらあら?何かようかしら?」
テファさんが妖精のような笑みを私に向けてきた。
料理も上手くて他人を気遣える……なんて良い人なんだ。
今日、私を鍛えてくれるメルカッツさんも一ヶ月間、私を待ってくれて素晴らしい。
エミールは素直な良い子。テレサさんは心が聖女。村長殿はオタクだが私の創作意欲を満足させてくれる。
私の周りは、良い奴ばっかりだ。
この中に寄生生命体は居ないと断言できる。
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誰かが死亡フラグを建てた。
急に皆の事を褒めたり、思い出すのは不吉の象徴である。
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なんだ、このナレーション。
たまに意味が分からない事を言うな。
食事を終えた後、私とエミールは、メルカッツさんとの約束を果たすために、村長宅の前で待った。
彼は朝の習慣である遠出に出かけており、あと十分くらいで戻ってくるはず。
今日からファンタジー小説で良くあるような冒険の世界が私を待っているのだろう。
……なんか、不便そうだ。トイレとか、風呂とか、野宿とか、辛い。風呂でゆっくり本読みたい。
村長殿、早く製紙工場作って、初等教育とやらを大勢の人に施してください。内政チートはアンタに任せた。
お?道の向こうから五人の冒険者がやってくる。
その先頭を走るのは、白いダンティーな髭の紳士メルカッツさんだ。
銅色のアダマンタイト製の超高価装備で身を包み込み、彼が歴戦の戦士である事を一目見ただけで理解できる。
私の前で馬を止め、優しく微笑んできた。
「やぁ、カグヤ君。おはよう」
おはようございます、メルカッツさん。
今日は良い天気ですね。
「うむ、本当に良い日だ。
私が国家指導者なら、この日を国家記念日にするだろう」
はははは、ユーモアに溢れて素敵です。
「さぁ、カグヤ君とエミール君。
私の馬に乗りたまえ。
目指す場所は、西にあるダンジョンだ。そこで実戦形式の鍛錬を兼ねたダンジョン探索と行こうではないか」
メルカッツさんは、本当に素敵な笑みだった。
そこには性的な下心なんてものは全くないように思える。
私が国を作ったら、伝記にこう残す事になるだろう。
『師匠のメルカッツは、世界最高の男だった』って。あれ?このニュアンスだと恋人だと勘違いされるか?
「もっふっー!」
エーミルがお馬さんに飛び乗って喜ぶ。大きな狐の尻尾がフリフリ動いている事がその証拠。
私も続いてメルカッツさんの手を借りて馬に乗った。乗馬スキルが勝手に上がるし楽で良い。
まぁ……私達の種族は速度が凄すぎて、速度を補うための乗馬スキルが死にスキルになるから、レベルアップさせる意味がほとんどない……。
基本、馬は鍛えてもせいぜい速度300くらいだし。ダンジョンだと使い辛いし。
馬は広々とした場所で運用するから強いのであって、ダンジョンみたいな閉鎖空間では役立たずだ。
「それでは行くぞ!」
メルカッツさんが鞭で馬を叩き、走らせた。
三人も乗っているにもかかわらず、馬は軽々と道なき道を走り、村の外を目指す。
その様はまるで自動車。産業革命なんて必要ないくらいに馬に馬力がある。
生物の性能が可笑しいから、この世界で科学を発展させるのは大変だろう。
そんな事を考えながら、村の郊外を通る時、近くを通りがかった自警団団長オーリス(容疑者の一人)と出会った。
彼は私達の方に満面の笑みを浮かべている。
「カグヤさん、行ってらっしゃい!頑張ってくださいね!」
「もっふぅ?」
突然、エミールが狐耳を下に垂らして元気を失っていた。
どうしたんだ?何かあったのか?
「凄い違和感があるんです、カグヤ様。
とんでもない大失敗をしたような……?」
気のせいだろう。
エミールも私もダンジョン探索は初めてだからな。
きっと緊張しているんだ。
「僕の思い過ごしなら良いんですけど……」
ほら、そんなに心配なら私の猫耳でも触って安心すると良い。
や、優しく揉むんだぞ?
「もっふぅ〜」
ああ、君のこの手軽な感じが良い……。
エミールが従順なワンコすぎる……
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私達を乗せた馬は、村の西へとどんどん進む。
やがて村が見えなくなり、大量のダンジョンが密集している場所へと来た。
ダンジョンの種類は様々。洞窟タイプ。塔。巨大なピラミッドなどなど、色んなのがある。
その道中、メルカッツさんとたくさん言葉を交わせた。
「カグヤ君。
この世で最も気を付けないといけない敵が何か分かるかね?」
……自分の心でしょうか?
「そういう哲学的なものではない。
私達、冒険者にとって一番最悪なのは……混沌の神と出会う事だ。
出会ったら最後、復活する事を諦めるレベルで魂まで汚され、悲惨な末路を辿る事になる」
ああ、そういえばエロイナで一番厄介すぎるラスボス扱いされていた奴らか。
混沌属性の塊であるが故に、ほとんどの人はレベル差関係なく混沌属性攻撃で殺されるという凶悪すぎる奴ら。
しかも、物理ダメージ完全無効。
混沌耐性装備は高価だし、ほとんどの生物にとっての天敵すぎる……。
今の私が遭遇したら人生終了に違いない。
「カグヤ様……この世界には、恐ろしいモンスターがいるんですね」
いや、エミール。
混沌の神はモンスターとは違うんだ。
宇宙からやってきた異教の神々とでも言うべきかな?
全く価値観が違うから、分かり合う事も出来ないし、外見が触手とかだったりして凶悪だよ。
混沌耐性装備をしてないと、行動を封殺されて殺されるから、対処方法も少ない。
特にエミールは、無効化されてしまう物理攻撃特化の戦い方しか出来ないから、遭遇したらすぐ逃げろ。以上。
「もっふぅ……」
ああっ!?エミールが元気失くして、狐耳が下に垂れ下がった!?
こ、混沌の神は数が少ないし、滅多に遭遇しないから大丈夫だ!安心しろ!
早めに混沌属性用の耐性装備を整えれば、勝てる可能性が出てくるし……それに私がついているからな!
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誰かが遭遇フラグを立てた
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エミールを不安にさせるナレーションやめろ。
……ん?可笑しい光景を見た。
死体になっているモヒカンの村人達をあっちこっちで見かける。
拷問された後に殺されたかのように体中が傷だらけだ。
なんだ、これ?
そう疑問に思った途端、メルカッツさんの手で強引に馬から放り出された。
とっさの事に、私はエミールを深く抱きしめながら砂の地面を転がる……巫女服の防御力のおかげで擦り傷は少ないが痛い。
「もっふぅ……」
でも、露出していた手足の方に、少し傷が出来ていた。
一体……何が起こったんだ?
まさか私の命を狙う魔族の襲撃だろうか?メルカッツさんは私を守るために投げ飛ばした……?
いや、違った。私の周りにいるのは百人を超す人間達。
次々とダンジョン周辺の障害物から隠れるのをやめて出てくる。
全員が、親の仇でも見るかのように殺意と憎悪を込めて睨んできた。
そのうちの一人が厄介な事にメルカッツさん。
彼は私のお腹に蹴りを入れて、再び地面を転がす。お腹が火傷を負ったかのように熱くて辛かった。
「カグヤ君。
どうしてこうなったのか理解できるかね?」
やはりお前が犯人か!今までの事件の黒幕だな!
全てズバリとお見通しなんだよ!
「な、なぜ分かった!?何時から私が犯人だと!?」
実は、一度、言ってみたかったセリフを言ってみただけだ。
メルカッツさんが犯人だなんて……二十%くらいかなぁー程度の確率でしか疑ってない。
無論、このような事は口に出していわない。ハッタリで事態が有利に進んだらいいなぁー(希望的観測)
「……さすがは聖帝カグヤか。
罠だと知りながら、ここに来たのだな?
ああ、そうだとも。
私はカグヤ君を徹底的に辱めて殺すために、未来からやってきた刺客だ。
君はこれから地獄を見る事になる。女として生まれた事を後悔させてやろう」
なんて酷すぎるセリフ!?私はメルカッツさんを紳士だと思っていたのに残念だ。
拷問とか、特に拷問とか、オマケでエッチィ事はいけないと思う。
「ハハハハハ!私はこう見えても演技が得意でね!
さぁ、冥土の土産だ。教えて欲しい事があったら一つだけ話してやろう!
その程度の慈悲はある!」
ああ、確かにアンタは魔族だ。
やり取りがサンタ達と似ている。冥土の土産をプレゼントしたくなるアホな癖とかソックリだ。
今は時間を稼ぐために、話を聞く振りをしながら打開策を練ろう。
私は悔しそうな演技をしつつ、涙を流しながら言葉を紡ぐ。
「……メルカッツさんは、何時から私を殺そうと陰謀を張り巡らしていたんですか?」
「カグヤ君は山賊と出会ったかね?
あいつらに情報を流したのは私の仲間だ。
ここには居ないがね」
私は黙って目だけを動かして、周りを確認する。
隣には興奮して怒っているエミール。その後ろには洞窟型のダンジョンがある。
そこ以外は、寄生された人間達が包囲して隙間一つない。
退路がダンジョン。詰んでいるな。これは。
「皆殺しにされたサンタ達。
あれも私の仲間だ。あいつらは『レベルが低い頃のカグヤ聖帝なら楽勝じゃよ!』とか叫んでいたが、誰一人帰ってこなかった。
正直、愕然としたよ。まさか我々以外にも未来からやってきている連中がいるとは思いも寄らなかった。
タイムマシンとは、こうも簡単に開発できる代物なんだと理解させられたよ」
逃げ場がダンジョンしかない。でも入口近くに一人、剣を持った男がいて警戒している。
どないしよう。ここで捕まったら拷問されまくるだろうし、それは嫌だなぁ。
今の魔力を全て使って出来るのは、カオス・ボール一発。
それを眼くらましに使って、ダンジョン内で各個撃破戦でも展開するべきだろうか?
「ゴブリンの大軍を村に送り込んだのも私だ。
召喚魔法を込めた魔石を大量に用意してね。ひたすら召喚しまくって、とても苦労させられたよ。
それにしても魔法とは便利なものだな。我々、魔族は宇宙からやってきた生命体だから、魔法とは本来は無縁の生き物。
人間の持つ魔力を見て羨ましく感じる。これがあればもっと文明を発達させる事ができると確信させられたよ」
それにしてもペラペラ喋るオッサンだ。
獲物の前で油断するなんて三流すぎる。
問答無用で私をここで殺しまくって拷問して辱めれば勝利できるのにアホか。
こんなアホな敵の策略を見破れない私もアホか。
「ゴブリンの大軍団で勝利できると思ったのだがね。
さすがはカグヤ聖帝の周りに集まった人材とも言うべきかな?
大物量相手にあれほど一方的に蹂躙して、数の差を完全に覆している戦いっぷりに恐怖させられたよ。
おかげで計画は変更に変更を重ねて、こうやってカグヤ君を村の外に連れ出したという訳だ」
お、会話終わったか?
こっちも準備終わったぞ。効率の良いプログラムを脳内に組んでみた。
「それではカグヤ君。復活する気力がなくなるまで延々と死んでもらおう。
ライトニングボ――」
メルカッツが魔石を取り出して魔法を発動させようとする前に
「混沌球(カオスボール)!」
私は混沌属性の渦を場に発生させた。邪悪な空間が広がり、周りに居た人間(寄生)十人が混沌に飲み込まれ、複数の状態異常にかかって行動不能と化す。
メルカッツは混沌耐性装備でもしているのか無傷だが、突然の事に思考を停止していた。
私はその隙を突いて、エミールの右手を掴み、強引にダンジョンへと入る。
今の私は人類史上最速のスプリンター『ウサイン・ボルト』よりも早いのだ。えへん。
退路がダンジョンしかない。本当どうしよう。
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時空が歪んだオークダンジョンだ。
この空間での一時間は、外の世界での一分に相当する。
修行に向いているレアダンジョンだ。
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よ、よし、幸運が向いてきた。
私を守ってくれる未来人が現れないって事は、これはきっと自力で解決できる問題って事に違いない。
そう……思い込もう。
レベル差は絶望的なほどに開いている。
だが、私にはエロイナの膨大な知識と、本を読んで蓄えた無数の情報、猫の神の圧倒的なスピードがあるんだ。
きっと何とかなる。
「もふぅっ……カグヤ様の推理力が全く当てにならないです……。
時間が狂っているダンジョン内にいる限り、外から助けが来ないって事ですよね……?」
うん。
このダンジョン内の一時間が、外の世界の一分。
ダンジョン内で百時間、延々と拷問されても、外で百分しか流れない事を意味する。
オワタ……?私の人生……?
この話のコメントまとめ+作者の感想
メルカッツ「最初から詰んでいたのだ!貴様は!」
カグヤ「メイリンと一緒に船に乗ればよかった・・・」
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