粛清の現場から見事に逃げ切ったセイルンは、首都の外側に近い場所へと来てしまった。
首都の東にあるナイルン川を有効利用するために、首都を貫通する形で無数の水路が点在しているから、どこでも蚊が発生しやすくて、うざったい。
⊂二二二(
^ω^)二⊃ブーン、ブーン。
だが、今は血を吸ってくる蚊よりも先に考える事がある――
(ワ、ワシはどないすればっ……?)
深く考え込むセイルン……ワルキュラから国を取り戻そうにも全く手が思い浮かばない。
今頃、国の重鎮や側近達は『エルフ』というツルペタ幼女になって、アトリの淑女マナー講習を受けている事だろう。
(頼れる奴が、皆ロリ娘になっていたら、ど、どないすればっ……?)
海外留学した事がある軍幹部をスパイ容疑で粛清しまくって、軍組織を壊滅状態に追いやった時よりも酷い人材難だ。
人材が居ない組織なんて未来も希望もありはしない。
せいぜい、倒産寸前のコンビニチェーン店並の価値しかないだろう。
店長さんが経営で行き詰まって、ストレスで精神が狂っちゃう結末が、今のセイルンの未来かもしれない。
(何かっ……何か良い手はっ……ないのか……?)
セイルンは天才的な発想をした!
@ピィザ軍と協力してワルキュラを倒す→見えない化物が監視しているから無理
A東のブータ帝国の助けを求める→見えない化物がいるから以下略
B南のゴブリンどもに助けを求め以下略
C絶対幸福主義を掲げるキリストン教国に助けを求め以下略
D古代ザナン文明の遺跡に行って、ラスボスキャラを連れて以下略
(あわわわわわっ……!
そうだった!ワシっ!
見えない化物に監視されとるんだった!)
さすがに、セイルンでも打つ手はなかった。
なにせワルキュラは……組織の腐敗・反乱を防ぐのに最も効率が良い監視網(ゆうれい)を持っている。
誰かが見ているかもしれない。そう思うだけで権力者は悪い事ができなくなるのだ。
(どないしよう!どないしよう!
声や手紙を全く残さずに反乱計画を作るのは不可能だっ!
ワシのっ!ワシのっ!ワシの未来が……ん?)
その時、セイルンの視界に、黒っぽい塊が映った。無数の触手の塊が水路の臭い水から、タコのように浮かびあがっている。
おぞましい化物だ。骸骨とは違った怖さがある。
巨大なミミズを思わせるような、そんな、現実的な気持ち悪さが彼の心を支配した。
(わ、わしはここで食べられて死ぬっ……?)
命の危険を感じ、腰が抜け、地面にへたり込むセイルン。
蠢く触手達が、クネクネと気持ち悪い動きで水路から這い出てきた。
体の全てが触手で構成され、まるで象のように大きい。
(し、死にたくないっ……!ワ、ワシにはハーレムして贅沢する日常生活を取り戻す義務があわわわわわわわわっ……!)
触手達はセイルンの命を――取らない。
彼の隣を何もなかったの如く、触手を手足のごとく使って素通りしていく。
「皆の者っ!戦果報告するでござる!」
「魚を一万匹取ってきたでござる!早く淫魔ちゃんとイチャイチャしたいでござるよー!」
「貝と水草をたくさん取ってきたでそうろう!」
「拙者は高級食材のエビを取ってきたでござる!」「安売りセール中だから、意味ないでござる!質より量が重要と言ったでござろう!」「そんなぁー!?」
セイルンは、今の触手達の発言で理解できた。
市場で並んでいた無数の魚達は……この気持ち悪い化物どもが運搬していたのだと。
どうやって一万匹の魚を運搬しているのか謎(アイテムボックス)だったが、現実に市場に魚が並んでいる以上、認めざる負えない。
そして、ピィザ軍には勝ち目なんてものは、1%もない……残酷な現実も理解できた。
水中の中を自由自在に動き回る触手。そんなもんが川の中にいたら――水の上にいる人間達は手の打ちようがない。
川が高速道路代わりになってるセイルン王国。この国は川を支配できる存在が、交易ネットワークの支配者……『王』なのだから。
(ワ、ワシっ……!ピィザの連中が可哀想に思えてきたっ……!
絶対に勝てる訳がないっ……!化物があの触手どもを使うだけで壊滅するぞっ……!
飢えて死ぬっ……!食われて死ぬっ……っ!圧倒的な力で潰されて皆っ…死ぬっ……!)
同情したい気持ちになったセイルン。だが、即座にその思いをクルリッと180度回転させた。
(いやいやっ!待て!元はと言えば、ピィザ3世が攻めてきたのが全部悪いっ!
ワルキュラという化物が、この世界に来たのはアイツのせいだっ!
あの青二才めっ!地獄で後悔しろっ!
ワシがちょっとばっかり麻薬販売したり、住民を拉致したからと言って……本当に攻めてきよって!非常識すぎる!
なんで拉致ったくらいで戦争になるのだ!けしからんっ!実にけしからんっ!)
セイルン専用馬車を失ったのも。
セイルン専用ハーレムを失ったのも、
息子が空のお星さんになったのも、
義理の弟がエルフ娘になったのも、全部、ぜぇーんぶっ!モヒカンヘルメット被っているピィザ軍の連中が悪いに違いなかった。
おかげで、今のセイルンには何もない。
独裁者としての栄光は欠片も残っていない。身につけていた豪華な品々は、アヘン紙幣に変えちゃったし。
「……寂しいのう」
寂寥感を紛らわせるために、セイルンは歩いた。
そして、なにもないと感じた事で思い出した事がある。
(異世界から拉致った日本人もこんな気分だったのだろうかっ……?)
今まで当たり前だと思っていたものが、突然奪われた。
それは大いなる悲劇に他ならない。
住む場所も家族も全部奪われ、不幸のどん底へと落ちた日本人の境遇をセイルンは想像する。
(ワシみたいに辛かったのか……?
これが日常を奪われた者の悲しみかっ……?)
もし、日本人が聞いたら『気づくの遅すぎるだろ!』と言われそうな、今更の感想だった。
異世界に拉致って奴隷にしている時点で、絶対に許してもらえないくらい恨まれている。
正直、工作員の教官にするために日本人を拉致りまくった北朝鮮よりも待遇が壮絶に悪かった。
(……今から、全てをやり直そう。日本人どもも、偉大なワシが謝罪すれば許してくれるだろう。
ワシは王なのだ。王の慈悲に感動してひれ伏すだろう。常識的に考えて)
王朝を支持していた側近達が、エルフ娘に転生したりして役に立たない昨今。
奴隷として運用していた日本人の待遇を改善すれば、彼らからの評価が上がるに違いない。
そうセイルンは客観性が足りなさすぎる妄想を現実だと思い込み、宮殿の方向へと元気よく歩く。
(まずは奴隷どもに一週間ごとに一日の休暇を与えてやろう。
給料も1割アップさせて、裁判を受ける権利をくれてやろう。
就職できる仕事を増やしてやるのも良いな。
ワシって寛大すぎて優しいっ……)
セイルンの政治力だと、実現するのに数百年かかりそうな机上の空論を妄想しながら、宮殿前の広場の所まで歩くと、巨大銅像が見えてきた。
先代国王イルソン・セイルンをモチーフにした世界最大規模の人物像だ。
高さはなんと25メートル。つまり人間が豆粒に見えるサイズ。
こういう芸術品は彫刻家を動員するから無駄にコストがかかる。
制作依頼を出した主は無論――若き日の王子時代のセイルンだ。
(懐かしいな……父上に気に入ってもらうために、予算に糸目をつけずに銅像をたくさん作ったっけ……)
懐古主義に浸るセイルンの脳裏に、古き良き王国の姿が思い浮かぶ。
後継者として選んでもらうために、父親の銅像を国中に建てまくって神格化。
経済学者が『経済に注ぎ込むべき予算を、銅像や贅沢施設に使うな!』とツッコミを入れてきたから粛清。
母親そっくりの踊り娘を抱いて妊娠させ、国外追放した。そんな懐かしい思い出が頭の中に広がる。
(ふふふふふっ……そういえば純金で人物像を作ろうとしたんだったな……。
でも、さすがにそんな金は何処にもなかったから、銅像に変更して父上に怒られたのが懐かしいっ……)
この銅像はセイルンの誇り。
人間の人生は短いが、芸術の寿命は長いのだ。
きっと、遥か遠い未来でも、銅像は変わらずに立ち続ける……そう思ったら、セイルンは違和感に気づいた。
イルソン・セイルン像に分厚いロープが掛けられている。
「はっ?」
そのロープを百人を越す人間が掴み、銅像相手に荒々しい綱引きをしていた。
彼らは……セイルンに拉致られ、悪政に苦しんだ日本人……を始めとしたっ!
インド・アメリカ・中国・朝鮮・台湾・モンゴル・インドネシア・タイ・シンガポール・ブラジル・アフリカ人!
日本列島には、大量の外人さんが住んでいるから、万単位で日本人を拉致ったら、自動的に外人さんの人生も台無しになるのだ。
確立的に言えば、日本人を50人拉致れば、そのうち1人は外人さんのはずである。
(な、なんで父上の像を倒そうとするのだっ!?)
憤怒に駆られたセイルンは止めに入ろうと思ったがやめる事にした。
暴徒と化した民衆の前に出たら、話し合いなんて通用せずにあの世行き。その程度の事は彼にだって分かる。
歴史的に見ても、暴徒と無防備交渉する奴はアホだ。フランス革命時のバスティーユ牢獄の責任者みたいな悲惨すぎる末路を迎えかねない。
今はそんな事よりも――
(ワ、ワシってそんなに人望なかったのかっ……!?)
セイルンは、奴隷たちからそんなに好かれていなかった現実を再認識し、心臓が猛烈に痛くなってきた。
もう何を頼りに、残りの人生を生きれば良いのか分からない。
日本の公園にあるシーソーのように心の安定がグラグラだ。
「「独裁者の像を倒せぇー!気高い誇りを胸にっー!」」
「「この手に自由を取り戻せぇー!同胞の仇を取れぇー!」」
イルソン像が不思議な事に、民衆のエネルギーで倒れた。
きっと、誰かが予算を横領して、基礎工事が欠陥工事になっていたんだろうなぁと、綱を引いている日本人達は思った。
広場に落ちた像は、その重量を現場に炸裂させ、バラバラの破片と化す。
その有様が、長く続いたセイルン王朝の終焉を思わせた。
(ワ、ワシはっ……!近い将来殺されるっ……!?
だ、誰か、ワ、ワシを助けてっ……!)
「「独裁者の像が倒れたぞっー!」」
「「圧政からの解放万歳っー!」」
困り果てたセイルンは、どうやって目の前にいる日本人、いや地球人達を説得すれば良いのか分からなかった。
ワルキュラ陣営が取った『甘い餌の数々』に対抗する手段が、全く思い浮かばない。
(ふ、不老の身体をプレゼントする技術っ……ワシも欲しいっ……でも女子になるのは嫌だっ……)
そのまま道に仰向けに倒れ、口からカニのように泡を吹いて気絶するセイルン国王。
記録に残らない三度目の気絶だった。
民衆は銅像の欠片を市場で売りさばくために忙しくて、セイルンを制裁している余裕なんてものはなかった。
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日本軍「悪ふざけして『ペスト患者収容所』という看板立てて撤退したったWwww」 キスカ島上陸戦
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塔から見ていた二人。
ワルキュラル(´・ω・`) (なんだ……あれ……?暴徒か……?
俺って人望ないんだなぁ……
まぁ壊れたのは銅像だし、どうでもいいか)
ルビー(´・ω・`)(子作りまだかなぁ)
デスキング(´・ω・`)(ヤスという人間がまだ来ない……)
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