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2国目 愚民の国
【前編 最悪の民主主義の国】

真っ白に降り積もった雪の平原。
死の世界を想像させる真っ白な世界。
その中に点々と続く寂れて細い道を女の子が歩いていました。
頭に妖精さんを乗せています。
もちろん、エルフのラッキーです。
普通の人間なら、この寒さの時期に徒歩で旅をすると、体調を壊して死んでしまいますが、エルフは半神半人の化物。
この程度の寒さは、魔法で周りを暖かくしてヘッチャラでした。
ラッキーが歩いて移動するだけで、周りの雪が自動的に溶け、雪の平原に道が露出しています。
普通なら、頭に妖精を乗せた女の子は目立ちますが、妖精さんは自然の化身。
人間には見る事ができません。
妖精さんを見る事が出来るのは、エルフと極一部の者達だけです。



ラッキーは、今日も空を飛んで城壁を超え、人間の国に不法入国します。
この人間の国は、とても貧乏そうな国です。
具体的には、街のあちこちに親がいない子供【ストリートチルドレン】で満ち溢れ、ボロ衣を纏った物乞いがたくさん居ました。
そして、建物は貧相で、台風や地震が来たらすぐに倒壊しそうです。
これでは冬を越せずに死ぬ人間が大量に出る事は明らかでした。
この地域の人間には、暖かい食べ物と、暖かくて丈夫な建物の二つが必要なのです。
この国は、その二つを満たしてない人間達が大量に居ました。

「もうやだぁー!冬の季節やだぁー!
故郷に帰りたいよぉー!」

妖精さんが、この寒い国で文句を言いますが、ラッキーはクスクス笑いながら、元気良く人間の街を歩きます。
人間にとって暮らし辛い国でも、ラッキーから見れば、新鮮さと驚きの塊なのです。





ラッキーがこの国の真ん中にある大きな広場へと行くと、縄で手足を拘束されて棒に括り付けられた大勢の人間達の姿が見えます。
ほとんどが年老いた男性で、一部は女性でした。彼らは豪華なスーツを身に纏っています。
ラッキーは、彼らの外見から身分が高い人間だと判断しました。
そして、彼らの周りには、怒り狂う群衆と、銃を持った軍人さん達の姿があります。
群衆の怒りは、縄で拘束された人間に向けられていました。

「この無能政治家っー!お前達のせいで国が腐敗したんだ!」
「死んでつぐなえー!クズー!」
「民主主義なんて、俺達には早かったんだ!」
「お前達のせいで、俺達は貧乏なんだぁー!」
「貧困を解消できなかったゴミは処刑だぁー!」

群衆は道端に転がる石を持って、投げました。
当然、標的は棒に括りつけられた人間達です。
石が次々と頭、手、足、胴体に当たり、血がでて痛そうでした。
石の殺傷力が低すぎるせいで、そう簡単に死ねなくて辛そうです。
軍人さんの持つ銃だったら、一瞬で死ねるのに、投石では生き地獄同然でした。
ラッキーは、どうしてこんな事をしているのかを気になったので、周りを見渡し、暇そうな軍人さんを見かけます。
軍人さんは緑色の迷彩服を着ていて、広場の端の方でタバコを吸って呑気にしていました。
ラッキーは、トコトコと歩いて近づき、軍人さんに話しかけます。

「そこの暇そうな軍人さん。
どうして、彼らは石を投げているの?」

軍人さんは、ラッキーの言葉を聞いて苦笑します。
ラッキーの頭に右手を置いて撫で撫でしながら、答えてあげました。

「お嬢さんは小さいから、この国の一般常識をまだ知らないんだな。
良いだろう。
オジさんは人が良いから教えてあげよう。
あそこで棒に括りつけられて、石を投げられている奴らはな。
この国の元政治家達で、あの石投げは由緒正しき伝統的な公開処刑方法なんだ」

「公開処刑……?」

「ああ、石投げは民衆のストレス発散も兼ねているから、石を人に向けて投げると楽しいぞ。
お嬢さんも石を投げてみるか?」

軍人さんが地面にあった石を拾って、ラッキーに渡しました。

「そんな事よりも、この国の事を聞きたいよ」

ラッキーは首を横に振って断りました。
軍人さんは、周りに流されない変わった娘だなと思いながら、説明をします。

「わかったわかった、オジサンが全部答えてあげよう。
この国はな。
長らく、民主主義っていう、国民が国の代表を投票して決めて、代表者が国を運営する方法でやってきたんだ。
でもな。
民主主義には欠陥があったんだよ。小さいお嬢さん」

「欠陥?」

「ああ、民主主義は、国民全てが賢くて勉強出来て、誰が国を正しく導ける指導者なのか理解できないと衆愚政治になるんだ。
人間にはそんな事は不可能だろう?」

ラッキーはエルフだから、そんな事に同意を求められても困りました。
軍人さんは、ラッキーの無言を肯定だと勝手に理解して話を続けます。

「人間は楽をしたい生き物なんだ。
日ごろから、生活や仕事で忙しいのに、正しい政治家を選ぶために勉強したり努力したりなんか面倒でしないんだよ。
だから、新聞やテレビなんかの情報メディアの言う事を信じて楽をするようになる。
こうなったら、民主主義はおしまいさ。
新聞やテレビの言う事が正義になって、民意なんて反映されない。
民衆は愚民になってしまったんだ」

「そうか。
人間は大変なんだね」

「だから、この国の民主主義は腐りに腐り果てたんだ。
国民は誰に投票すればいいのか分からず、メディアに踊らされて投票し、この10年間で大統領が100人も代わって大混乱して、国家機能が麻痺したのは有名だな。
おかげで経済も政策も安定せず、この国は落ちぶれて貧乏なんだ。
最後なんて、中小企業のほとんどが倒産して、残った大企業も潰れて経済壊滅して大変だったんだぞ」

ラッキーは、この国がよく滅亡してないなと思いました。
大陸の国は、異民族と隣り合わせなので、こんな国は普通は他国に攻め込まれて占領されたり、紛争地帯になっているのが常識です。
軍人さんの話はまだ続きます。
言葉に熱が篭っていて気合が入っています。

「そんな国の腐った現状に怒り狂った民衆は、偉大なる指導者アドルフ・ヒドラー伍長閣下とともに立ち上がった!
俺達は、最低最悪の民主主義の国から脱却し、今じゃ少数のエリートが支配する専制主義の国家に生まれ変わったんだ!
アドルフ・ヒドラー伍長閣下万歳!」

軍人さんが自分の頭に手を置いて、この場にいない誰かに敬礼しました。

「伍長……?」

ラッキーは不思議に思いました。
軍隊で伍長といえば、下から数えた方が早い底辺中の底辺階級です。
そんな底辺階級が指導者になれる訳がありません。

「ああ、我らがヒドラー伍長閣下は、民衆の民意を受けて政治家になり、民主主義を廃止して、この国を導いてくれたお方なんだ!
この国を腐らせた政治家達を次々と、あんな風に処刑して、画期的な政策を実行してくださる!」

その言葉を受けて、ラッキーは広場で怒り狂う群衆・・・いえ、喜んで石を投げて、政治家達を投石で苦しめて殺している群衆を見ました。
政治家達は涙を流しながら殺され、次々と永遠に動かなくなりました。
群衆は自分達で投票して選んだ政治家を殺しても、罪悪感なんて全くありません。
喜んで残虐に殺しています。
ラッキーはこの光景を見て、軍人さんに最後の問いかけをしました。

「……軍人さん。
あなたは投票で、どの政治家を選んだの?」

「ん?
投票なんて面倒臭いから、一度も行った事ないな。
誰に投票しても同じだろ?」

目の前にいる軍人さんは、先ほど本人が言っていた通りの存在【愚民】でした。
そして、今までの解説は、この国のアドルフ・ヒドラー伍長閣下の演説の内容そのままだったので、軍人さんは意味を理解せずに解説しているだけです。


「もうやだ、人間の世界」
あまりの軍人さんの酷さに妖精さんが呟きました。






中編に続く









※現実のヒトラーは伍長じゃなくて一等兵。ただし、「伍長補(Gefreiter)」に当たる地位の「伝令兵」に属していたから二つの解釈があるみたいどん




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●民主主義に絶望した国


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