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ラッキーの不思議な旅
29国目 世界を救った伝説の男がいる国


軍事衛星がよく飛んでいるモルニヤ軌道(円軌道)に、金髪の小さい少女ラッキーが浮かんでいました。
地表からの高度は約4万kmで、複数の軍事衛星があれば、惑星の天頂付近を効率よく監視できる体制を構築できる事もあり、モルニヤ軌道は、大部分が高緯度の領土を占めるソ連ヤー国が重宝しています。
無論、こんな場所に来たら普通の人間なら即死ですが、風のバリアーと魔法のおかげで無傷なのです。

「色々と人工衛星が飛んでるね」

ラッキーは周りを超高速で飛んでいる人工衛星や、宇宙開発の時に出たデブリ(ゴミ)を見ながらゆっくり飛行。
ラッキーの近くをネジが秒速8kmでビュンビュン飛んでいます。
妖精さんはこんなに高い場所に居るのは嫌なので、ラッキーの異次元ポケットの中でお休み中でした。
そんな中、ソ連ヤー国が保有する早期警戒衛星が赤外線カメラで、うっかりラッキーを探知しました。
本来は、ミサイルの発射炎を探知するためのカメラなのですが、ラッキーの使っている魔法に引っかかり誤作動を起こしています。
早期警戒衛星の仕事は、発射された他国のミサイル(核兵器)を探知して、担当している軍人さんに知らせる事。
簡単に言うと核兵器による自国への攻撃が察知されたら、核兵器で全面報復するためのシステムの一部なのです。
ここに全面核戦争の危機が勃発する事になりました。
この星は木星サイズなので一部の国々で全面核戦争が勃発しても大丈夫ですが、もしも地球サイズの惑星なら、死の星と化してしまう。そんな深刻な話です。

「静止軌道を飛んでいてもつまんない。
ラピュータ島みたいに空に浮かんでいる陸地はないのかな?」

ラッキーが遊びで高いところを飛んだ結果がこれです。










「た、大変だ!
アメリカヤー国が我が国に核ミサイル攻撃っ?!
どうします!?中佐!?」

「なんだとっ!?」

地上のソ連ヤー国の首都モスクワにあるセルプコフ-15バンカー(防御力が高い施設)で、紅く光るモニターを眺めていた軍人が、上司のスタァニスラフ・ペトロォフ中佐(44歳)に顔を向け、驚きの悲鳴を上げました。
中佐はソ連の戦略ロケット軍に所属していて、セルプコフ-15バンカーの当直将校です。
ソ連ヤー国に飛んでくる核ミサイルを警戒して、実際に飛んできたら上司にそれを報告するのが中佐の仕事なのですが・・・とっても困っています。
通報すると、ソ連ヤー国の規定で、敵国に全面報復核攻撃をする事になっていて、それはこのあたりに住んでいる人類数十億人の破滅を意味するのです。
核兵器の威力は凄まじく、この惑星が地球サイズなら死の惑星になってもおかしくありません。
最近、アメリカヤー国人が多数乗っている大韓航空007便をソ連ヤー国が撃墜したせいで、両国の関係は最低最悪な事もあり、偶発的な核戦争はあり得る国際情勢でした。
彼はこの時、数十億人の命運を握る立場に立たされたのです。
中佐は急いでモニターを見て確認します。
そこには一発の核ミサイルが、ソ連ヤー国へと向けて飛んできている情報が赤く記されていました。
中佐の脳味噌は大急ぎで働き、適切な判断をしようと頑張ります。
普通の軍人なら素直に上司に報告しちゃう所ですが、中佐は民間出身なので生粋の軍人とは行動が違います。

(核ミサイル!?アメリカヤー国の連中は何を考えているのだ!?
世界を巻き込んで心中する気か!?URAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
いや……待てよ?
バンカーのコンピュータが識別しているミサイルの数は一発のみ……?
これは可笑しい。
もしも我が国を倒す気なら、反撃できないように徹底的に殲滅しようと最低でも数百発以上の核ミサイルが飛んでくるはずだ。
核ミサイルを一発だけ撃つなどという下策中の下策をやる訳がない。
それに我が軍の人工衛星システムは信頼性に疑問がある。
これはシステムの誤動作ではないか?
つまりアメリカヤー国はミサイルを撃ってない!)

ペトロォフ中佐は、 この核ミサイルの探知をコンピューターの誤動作だと考えて、目の前にいる部下にハッキリと言います。

「誤報だ!核攻撃する気なら一発だけ撃つのは非論理的である!
よって報告する必要な」

「ちゅ、中佐!
新しいミサイルを4発を探知しました!?
どうしますか!?」

でも、すぐにバンカーのコンピューターが次々と新しいミサイルを探知しています。
探知したミサイルの数は最初の1発を含めて合計5発。
中佐は焦りました。
ひょっとしたら地平線の彼方に、もっと核ミサイルが隠れているのではないかと?

(URAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?!!
いやいや、これも……誤動作だ。
そうに違いない。
幾らなんでもアメリカヤー国が、世界の終焉を望む訳がない。
それにたった5発の核ミサイルで先制攻撃して何の意味がある?
核戦争やるなら最低でも同時に100発以上撃つはずだ。
だからこれも誤報だ。誤報)

中佐の判断を裏付ける根拠はありません。
ソ連ヤー国のレーダーには地平線の向こうに隠れたミサイルを探知する能力がないので、それらを探知した頃にはソ連ヤー国が事態に対処できる時間が、僅か数分になってしまいます。
惑星は丸いのです。
でも中佐は自身の直観を信じて、部下に力強く告げます。

「誤報だ!誤報!
核戦争をする気なら、こっちが反撃できないように同時に100発以上の核ミサイルが飛んでくるはずだ!
上層部に報告する必要なし!」

もしも、もしも、コンピューターによる誤動作ではなく、本物の攻撃だった場合、ソ連ヤー国に核ミサイルが直撃して、奇跡的に生き延びても中佐には軍法会議で死が待っています。
中佐は緊張して心臓がドクンドクン。
誤報だと確信するまで待つ僅かな時間が、彼にとんでもないストレスを強いています。
モニターを眺める部下達は、瞬きすらせずに人生で最も長い時間を過ごし、激しく呼吸をして待ちます。待ちます。待ちます。
 生 き た 心 地 が し ま  せ ん 
でも、素直に上司のユーリー・アンドロポフソ連共産党書記長に報告なんてしたら、核爆弾のボタンのスイッチが押されて世界終了です。
誤報以外の選択肢以外に、人類が生きる道なし。

(大丈夫だ。
これはコンピューターの誤報だ。
神よ。我を助けたまえ!)

神に祈ります。
神様がいるかどうかわかりませんが、中佐は両手を握りしめて誤報であってくれと願います。
心臓がドキドキしすぎて爆発寸前なのです。ドクンドクン。









………幾ら待っても待っても、核ミサイルがソ連ヤー国に直撃せず、地上のレーダーは証拠となる追加情報を拾わなかったので、この騒動が誤報だと証明されました。
中佐は世界を核戦争の危機から救ったのです。
安心してゆっくりと息を吐いた後に呟きます。

「ふぅ、どうやら誤報だったようだな。
我が軍のコンピューターはまだまだ信頼性に欠ける。
その事を軍本部の担当官に言わねばなるまい」

近くにいた部下達も安心しました。
この時、彼は【世界を救った英雄】となったのです。
中佐の判断は英断だったのですが





中佐の英雄としての功績は、上司達の面子を潰してしまう代物だったので、しばらくすると抗命と軍規違反の咎で告発され、中佐は彼を包囲するように囲っている丸い机に手を置いて、椅子に座っている軍上層部の高級軍人3人から激しい尋問を受けています。
徹底的に罵倒して苛めるのが目的なので、中佐の反論は許されませんでした。

「中佐!君はなぜこの事を報告しなかったのかね?!職務怠慢だよっ!」
「これは重大な背信行為だよ!中佐!
コンピューターの情報に従うのが君の仕事だったはずだ!」
「貴様には失望した!貴様は仕事を果たす事ができなかった!」

「貴官は仕事を全うしただけ…」

「うるさい!たまたまコンピューターの誤報が正解だっただけだろうが!」
「貴様はわかっているのかっ!?貴様のせいで我らの面子は丸つぶれだ!」
「貴様に重要な仕事を任せた私達の間違いだった!これ以上仕事は任せられない!」

(辛い。あと何時間、この叱責が続くんだ……)

ひたすらこのような内容をガミガミくちゃくちゃ。
中佐はストレスと恐怖で震えます。
中佐のやった事は世界から見れば英断ですが、上層部から見ればソ連ヤー国の軍事機構の欠陥を暴露したという形になり、中佐の上司達の軍人人生を破滅へと追いやりかねないのです。
中佐が黙っていると、上司達はひたすら罵倒を続けました。

「全て貴様の責任だ!」
「左遷だ!左遷!重要度の低い部署に飛ばしてやる!」
「銃殺刑にならないだけありがたいと思え!無能!
書類仕事をミスした事にして左遷だ!左遷先で苦しむがいい!」

(私の軍歴をここで終わらせるのかっ?!
嫌だ!嫌だ!)

中佐本人は正しい事をしたはずなのに、上司達の逆鱗に触れたから、この先の人生は真っ暗です。
このままでは、フリャジノの町で、200米ドル/月の僅かな年金で暮らさないといけません。
中佐が神経衰弱に陥りそうになるほどに動揺していると、建物の天井が激しい音を立てて壊れました。

ドカーン!

天井が壊れると同時に、白いローブを身に纏った金髪の女の子が、3人の上司の近くに墜落。
凄いエネルギーで中佐の上司達は死に、周りにいた警備兵や中佐は衝撃波で吹き飛ばされて、壁に激しく身体を叩きつけられて気を失います。
無論、この女の子はラッキーです。
遥か高い場所から、地上まで一直線に落下する遊びをしたら、たまたまモスクワの軍施設だったのです。
ラッキーは首を可愛く傾げながら尻餅をついてました。

「うーん?
ここどこだろう?」

ラッキーが周りを見渡すと、そこには倒れて気絶している中佐の姿がありました。
知的好奇心を満たすために立ち上がり、歩いて近づいて、中佐の顔をぺちぺち叩いて起こす努力をします。
時折、銃を持った軍人さん達がやってきましたが、空気から催涙ガスを魔法で精製してばら撒いたから、無問題。
基地にたくさんいる軍人さん達は目も開けられないほど酷い中、ゴホゴホと咳き込んでいます。
中佐は顔を叩かれた痛みで目覚め、先ほどとは変わった周りの壊れた風景と、ラッキーの存在に驚いて目を何度も何度もパチパチと瞬きしました。
ラッキーはようやく知的好奇心を満たせる事を喜び、中佐に聞きます。

「ねぇねぇ、ここって何処なの?
見たところ、あなたは軍人のようだけどどんな仕事をしているの?
どっちでもいいから答えてくれると嬉しいよ?」

「…そうか。
今までのは全部悪い夢だったんだ。
私は次に目を覚ませば、いつものように前途洋洋な出世街道を歩んで、バーボンを飲んでゆっくりしているはず」

中佐は先ほどから辛い目に何度も何度も会ってきたから、現実逃避しました。
どれくらい長い時間、軍上層部に叱責され続けたのかは分かりませんが、とても疲れているようです。

「現実逃避してもいいから、何か教えてくれないかな?
場所は空を飛べば分かるから、あなたの仕事でいいよ?
軍隊ではどんな仕事をするのかな?」

「わ、私の仕事か?
それは我が国に飛んでくるミサイルを監視して、上司にそれを知らせる事……いや、私は知らせなかった」

「軍人なのに仕事を果たせなかったの?」

「いや、私は自分の判断で上司に知らせなくてもいい事だと思って、探知したミサイル(ラッキー)をコンピューターの誤報だと断じた。
そこまでの判断を含めて、私の仕事だったんだ。
誤報を上司に報告していたら、核戦争が勃発して数十億人の人間が結果的に死んでいたと思う」

「?
君は数十億人の人間の命を救ったという事でいいのかな?
それって人間の世界じゃ、英雄と呼ばれるくらいに凄い事なんじゃないの?」

ラッキーの眼は知的好奇心でキラキラ輝きました。
数十億人の命を救った男。
そんな人間、今まで見た事ありません。
中佐は顔を横に振りながら

「私は……私の仕事をしただけだ。
英雄と呼ばれるような事をした記憶はない。
私は私の仕事をやり遂げて数十億人が死なずに済んだ。
ただ、それだけだ。」

「功績を過大に誇ったりしないの?
人間にして謙虚で珍しいね?」

ラッキーは少し考えた後にポケットから10枚の金貨を取り出して、中佐の手に置きました。
その金貨は一枚100万円相当する代物なのですが、中佐にはそんな事はわかりません。
ラッキーは申し訳なさそうな表情をして両手を合わせて

「えと、その話を聞かせてもらったお礼じゃなくて、この建物壊したから、これで弁償代金になるのかな?
やっぱり足りない?」

「?」

中佐は辺りを見渡しました。
そこには死んでいる3人の上司の遺体。
床がクレーター状に吹き飛んで、倒壊寸前の家屋。
破片で怪我して倒れている警備の兵士達が見えます。
ようやく、これが夢じゃなくて現実だと理解しました。
ラッキーはたった金貨10枚じゃ足りないんだろうなーと思ったので、魔法でビューンと空を飛んで逃げました。
どうせ支払っても国としての面子があるから許してくれません。
何が現実なのか、中佐の頭にはわかりませんでした。
ただ、分かる事は、後に待ち受けている退役後の貧乏生活で、この金貨10枚は立派な生活資金になるという事。

「……わかった。
あの娘は宇宙人だな。
間違いない。
じゃなかったら、これは悪い夢だ」






後に中佐は、世界を救った男として、敵対しているアメリカヤー国の人達に評価され、2004年5月21日にAssociation of World Citizensから、世界を救った英雄として称えられ、世界市民賞と副賞のトロフィー、賞金1,000米ドル贈呈され、
2006年1月にはニューヨーク市における国際連合の会合で表彰されたのです。

もしも、この時、中佐以外の人間が早期警戒基地の当直についていたら数十億の人類が死んでいたかもしれません。
彼の所属していたチームで民間の教育を受けた将校は彼だけです。
残りは生粋の軍人さん。
軍隊では上からの命令は絶対であり、民間出身の彼以外がこの事態に対処したら、素直に上層部にアメリカヤー国が核攻撃してきたと報告して、ユーリー・アンドロポフソ連共産党書記長が核ボタンのスイッチを押すように命令して核戦争になっていた可能性が濃厚でした。
世界はこんな恐ろしい確率の偶然でなんとか成り立っています。






おしまい。

 

 


テーマ【旧ソ連のスタニスラフ・ペトロフ中佐さん
http://suliruku.blogspot.jp/2014/11/blog-post_19.html

※このコンピューターの誤動作は、高高度の雲に掛かった日光が監視衛星のモルニヤ軌道と一列に並ぶという稀な条件が原因。

●太陽光を雲が反射

●衛星が反射光をミサイルのノズルからの火柱だと勘違い

 

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 ●核戦争の危機だ!史実通りに書く

●ソ連軍上層部のメンツがつぶれたと思うから、その思惑を書きながら軍人人生終わり。

●ラッキーが最後にその国を訪れて、感心する


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