八百屋で並ぶ無数のキャベツ。とっても豊かに育った緑色のお野菜さん。
その値段を見て、ワルキュラは心の底から驚愕した。
明らかに……生産者が得る利益よりも、出荷する経費の方が高い。
そんな安すぎるキャベツが、八百屋に大流通している。
農家の皆さんを心配したワルキュラは、衛星電話を異空間から取り出し、本国に連絡を入れた。
「俺だ!ワルキュラだ!
今すぐ、農業関連の大臣を集めろ!
キャベツ農家の皆が大変だ!」
「もっふふ。
キャベツが安くてお得です。
美味しいキャベツさんがたくさんです、もっふふ」
緊急事態を他所に、ワルキュラの目の前で、狐娘がキャベツを買い漁る……。
キャベツ農家が犠牲になっているとも知らずに……。
「このままではキャベツの未来が危ない!」
「もっふぅ?」
〜〜〜〜〜
一時間後、キャベツ利権に関わるお偉いさんが、帝国の宮殿に集まり、激しい議論を交わしていた。
ワルキュラは、紅い玉座に腰を降ろして座っている。狐娘の姿はない。
「なんて事だ!このままではキャベツ農家が破産してしまう!」
「誰だっ!?この状態になるまで気付かなかったのか!」
「ほ、補助金を出せば良いのでは……?」
「補助金を出しても、キャベツは需要が伸び辛い野菜だ!無意味すぎる!
買い溜めしても腐るのだぞ!?」
熱い議論だったが、問題は解決しそうにない。
ワルキュラにも、これらの問題を解決する策が思い浮かばない。
キャベツは保存が効かない葉物だ。冷蔵庫があっても、一ヶ月そこらで腐敗を始める。
それゆえに、相場が急激に変動しやすいのだ。
(困ったな……。
野菜の値段が安いと理解できても……経済の事がよく分からぬ……。
意見を求められたら、どうすれば良いのだ……?)
経済は生きている。
キャベツの価格を、相場と全く違う価格で売るのは難しい。
相場より安かったら、犯罪組織が買いあさり転売する。
相場より高かったら、闇市が発生して、税金が取れない。
そうなると、ワルキュラがやる事は一つ――
(経済の事はよく分からん、適当にごまかそう。
こんなに専門家がいるのだ。きっと、誰かが良い知恵を出すだろう)
決心したワルキュラは玉座から立ち上がる。
それと同時に、場の熱い議論が終わった。
大臣達は、期待と畏怖を込めた視線を、自らの君主へと向ける。
軽く頷いたワルキュラが、骨の口を開けて――
「……国力とは、物を生産し、物を流す事で得られる。
俺たちは、その流れから税金を取る存在なのだ。
……わかったな?」
そう言って、すぐに玉座へと腰を降ろし、不安になった。
こんな適当な発言で、今回の問題は解決するのだろうか?
キャベツは、値段が下がって需要が増えても、やはり保存が効かないという問題点があるせいで、買い溜めしてくれる客が少ない。
(今の俺の発言は客観的に見たら……意味不明な発言だ。とっても格好悪いシーンなのではなかろうか……?)
骸骨顔なおかげで、恥ずかしくなっても顔に動揺は現れない。
ただ、静かに大臣達がどのような答えを導き出すのか、どっしり構えて待つだけだ。
「私は理解できましたぞ!
ワルキュラ様はっ!この問題をっ!たった一言で解決なされた!」
その発言をしたのはデスキング。キャベツ利権と全く関係がない骸骨だった。ぶっちゃけ、陸軍の最高権力者だ。
ワルキュラを崇拝しすぎて、軍人なのに、この場に何故かいる。
「「ど、どういう事なんだ!?」」
「「ワルキュラ様の先ほどの発言に、どんな意味があったのですか!?」」
大臣たちは、口々に問いかける。
デスキングは恍惚感が溢れすぎて漏れ出しまくりな口調で――
「ワルキュラ様は……恐らく、こう言っておられる。
キャベツを生産し、キャベツを流せと……。
この流せとは……海に、キャベツを流せという事だろう」
「キャ、キャベツを物理的に減らす事で、相場を維持するという訳ですか!?」
「さ、さすがはワルキュラ様だ!我らには想像も及ばぬ思考をなさる!」
「供給が多すぎて値段が異常に安くなるなら!」
「「その分だけ廃棄すれば良いのだ!」」
「「価格調整のために野菜を潰すなんて……誰にも真似できない凄い発想だ!」」
そのみんなの意見に、ワルキュラは戦慄した。
折角、農家が苦労して作ったキャベツを捨てるのは勿体無い。
世界には、キャベツすら食えずに飢える貧民もいるというのに、そんな酷い事はしたくなかった。
だが、ワルキュラが一人孤独に苦しんでいる間にも、大臣達が様々な提案をしてくる。
「キャベツを海に流すと、輸送コストがかかって、キャベツ農家の皆さんが破産するぞ!」
「なら、こういうのはどうだろうか?
キャベツを畑で潰して堆肥にすれば良いのです!」
「その案は実に良い!それで行きましょう!」
罪のないキャベツさん達が、食卓に上る事もなく、畑で潰される事が決定してしまった。
新鮮でシャリシャリッ!サクサクッ!という食感すら出す機会に恵まれず、無残にも畑の土へと帰るのだ。
ワルキュラは猛烈に悲しくなった。
キャベツ農家の生活を守るためとはいえ、彼らの汗と努力の結晶を潰すなんて……酷すぎる。
しかし、帝王の座は孤独である。
時には非情な決断をしなければならない。
産業を守るために、あえて――労働者の努力を踏みにじる必要があるのだ。
(キャベツは安くなっても、そんなに需要が伸びない作物……。
恨むなら、俺を恨め。
消費者は、キャベツが安くなっても、たくさん買ってくれる訳ではないのだ……)
場の議論で、結論が出た事で、ワルキュラは玉座から格好よく立ち上がり、力強く宣言する。
「俺は命令する。
キャベツを潰せ。土に還せ、キャベツのために……キャベツに死をくれてやるのだ」
地平線の彼方すら埋め尽くすキャベツさんが、価格調整のために――畑で死ぬ事が決定した。
……おかげで、キャベツの値段が、適正価格に戻り、世界初の減反(野菜の価格調整)政策として歴史に残る事になる。
ワルキュラは、キャベツ農家の生活を守ったのだ。
狐娘(もっふぅ……キャベツさんを畑で潰して、土にするなんて……。
やっぱりワルキュラ様は大魔王で、庶民の敵だったんだ……!もっふぅ……!)
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コメント
ヨーッロッパを自称するスラブ民族の国では、「人は畑で取れる」という言葉がありましてな。人をゴミのように使う、戦車随伴突撃や浸透戦術をしたものです