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2話 俺の書いた文字がこんなに酷い訳がない
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■読めない文字■

「ナポレオン陛下がサイン会やっているらしいわ!」
「ナポレオン陛下万歳!」
「どうせ現実に戻れないのはバグだろ。3日待てばバグ解決するだろ」

凱旋門がある広大な広場に、サイン色紙を持ったフランス市民とプレイヤー達が列をなしている。
列の先頭にいるナポレオンはゲームの世界に閉じ込められたという異常事態を容易く受け入れて、1人1人が持つサイン色紙に『NAP』と書いてサイン会をやっていた。
いや、本人はナポレオンの略称『NAP』を書こうと必死になっているが、とても文字とは呼べない悪筆だった。
文字が崩れすぎて、『NAP』の原型すら残っていない。
既にそれはラクガキと表現しても良い代物に成り果てていた。
ナポレオンは自分の悪筆の酷さに戦慄して――冷や汗を流す。

(日本人に転生して――ようやく治った悪筆が元に戻った!なぜだ!?)

脳裏に前世での出来事が蘇る。
友達に手紙を送ったら「……これは戦場の地図か?」
なぜか、文章が地図扱いされた。
書類を書いて当時の上司に渡したら「これはどこの文字だ?コルシカ島独自の文字か?士官学校をたった11ヶ月で超スピード卒業したからって舐めるんじゃねぞ!」
フランス語扱いされなかった。
魅力的な女性10人にラブレターを送ったら「――絵を貰ったけど、あれってどういう意味なの?」
ラブレターに描かれた文章が、斬新な絵扱いされた。
この酷い悪筆は、日本人に転生した時になくなったはずなのに、今、完全復活している。
サイン色紙を貰った市民達ですら、これを文字だと認識している連中は全くいなかった。

「わぁーい!ナポレオン皇帝陛下から絵を貰った!」
「何かの絵かな?僕わかんない」
「鳥に見えるな」
「きっと、この絵には深い意味があるのだろう」

ナポレオンは恥ずかしかった。
まさか、たった三文字『NAP』と書いただけです――そんな恥ずかしい事は口が裂けても言えない。
だから、皇帝としての威厳を保ったまま、両手を後ろに組んで優雅に立ち去る事にした。

「やるべき仕事を思い出した。ミーニャン帰るぞ」
「あの、マスター。このサイン色紙に書いた絵ってどんな意味があるんですか?」
「それはだな――エジプト遠征をした時に発掘したロゼッタストーンを意識して書いたのだ。エジプト4000年の歴史がそこには込められている。頭が良い奴ならこれを理解できるはずだ」

19世紀のヨーロッパは、ナポレオンが大量の学者を連れてエジプト遠征やらかした影響で、エジプトに興味を持つ人間が多い地域。
この言い訳の仕方なら民衆は喜ぶだろうなと、ナポレオンは思った。
言っている事が滅茶苦茶でも、人を従えさせるカリスマさえあれば無問題なのは前世で証明されている。

「さすが民主主義的君主!!エジプトに対する造詣が深い!」
「わかった!これピラミッドよ!間違いないわ!」
「きっと古代エジプトの文字だ!」
「スフィンクスよ!ほら!これ動物に見えるでしょ!」

ナポレオンの心がちょっと傷付いた。

----== SystemMessage ==----
【万能の天才スキルが発動した!……ナポレオンは悪筆スキル(呪い)を取得した!書いた文字が絵になる!】
【ナポレオンの魅力が10下がった!】

謎の声が響いたが、民衆の歓声が煩くて内容が聞こえなかった。



■狐娘■

広場から離れて、目立たないように裏路地を通りながら、ナポレオンが生前利用したフォンテーヌブロー宮殿がある方角へと足を向けた矢先、ミーニャンが聞いてきた。

「マスターって、本当に前世がナポレオンだったんですか?」
「……異世界化したゲームの世界に取り込まれた、その事実に比べれば、信じられる話だろう?それよりもログアウトは出来ないのか?」
「電子生命体の私でも、この異常事態の事を理解できてないから無理ですよ、マスター」
「1と0で表現する電子世界ではお前は最強だろう?ゲームのシステムをクラッキングして乗っ取れないのか?」
「今の私は、ただの女の子ですよ。無茶言わないでください」
「……普通の女の子?尻尾があるのに?」

ナポレオンは、ミーニャンの大きな黄金の尻尾を強く掴んでみた。すると――ヘナヘナっと脱力してミーニャンが座り込んだ。
「はにゃっ……力が出ない……お願い……手を離してぇ……」
どうやら狐娘の弱点は尻尾だった。敏感な快楽信号が尻尾から伝わって全く動けない。
その様子に男心を刺激されたナポレオンは、尻尾を掴んだまま問いかける。

「ミーニャン、尻尾はともかく――本当に普通の女の子になってしまったのか?電子生命体らしい特技とかないのか?」
「……パソコンの中に入ったり……プログラム作ったりなら出来ると思います……はにゃ……離して」
「昔の世界にはそんなものはない。他に出来る事はないのか?」
「……ひ、人のステータスやスキル、アイテムの隠しステータス……そういうのを見れます……尻尾を……はにゃ……離して……」

脱力して悶えるミーニャンを見て可哀想になってきたナポレオンは尻尾を離した。
ミーニャンは顔を赤くして恥ずかしそうにゆっくりと立ち上がって、大きな黄金の尻尾を掴まれないように距離を少し取ってから抗議する。

「マスター、さっきのはセクハラですよ!」
「ふん、私が最初に生まれた時代には、そんな概念はなかったぞ。100人以上の女性に手を出したが特に問題はなかった」
「……なんというハーレム生活」
「それよりも他人のステータスとスキルを見れると言ったな? その力で私のステータスを見てみろ。きっとその数値の高さに驚くぞ」

ミーニャンはその言葉に従って、ナポレオンのステータスとスキルを見て――それらの数値の一部を緑色のウィンドウに表示した。

『ナポレオン・ポナパルト 種族:人間 
LV10万 職業:フランス皇帝(ポナパルト朝)

矢よけの加護
万能の天才
砲術スキル LV11万1452
空手スキル Lv5万
悪筆(呪い) LV1000万』

その数値はありえない事だった。
ナポレオンはこのゲームの世界に来てから、観光しかしていない。
レベルを上げるには経験値を得る必要があり、ナポレオンは面倒臭くてモンスターを殺したり、スキルレベルを上げる行為をした事がないから――本来はレベル1のはずだ。
LV10万なんて数値は、頂点に君臨するトッププレイヤーすら遥かに超える異常な高Lv。
いや、それ以前にツッコミ所があった。
表示されたスキルの一部が『悪筆(呪い) LV1000万』

「私の悪筆は呪い扱いか!」
「あ、やっぱり字が下手なだけだったんですね」
「字なんぞ書けなくてもヨーロッパは征服できる。凡人にはそれが分からんのだ」
「……あんなに字が下手なのに、前世で書類仕事とかどうしてたんです?」
「私が言った事をそのまま、書記に口述筆記させていた。私の仕事量が多すぎて結果的に大勢の書記を使い潰した。関係ないが最後辺りになると参謀長スルトが超読み辛い移動式命令書を量産して将軍に配布して、私を破滅へとおいやっていた……」

このナポレオンの言葉にミーニャンが嬉しそうな顔をした。

「マスター、マスター。私、他にも特技があるんですよ!もしもマスターが本当にフランス皇帝の地位に返り咲いたのなら、絶対役に立てます!」
「……ほぅ?どんな特技だ?」
「文章を自由自在に壁や紙に印刷できます!」

そう言ってミーニャンは綺麗な右手を、近くの民家の壁に触れさせて――5秒ほどしてから手を離すと、壁にびっしり黒い文字が印刷されていた。
『ナポレオンは変態』『女の子の尻尾を触るのはいけないと思います!』
これらを見たナポレオンは便利さに感心した。

「どうやって壁に印刷したのだ?」
「ゲームの光属性魔法を制御して壁を焼いて文字を書きました。威力を弱めたら紙にも絵や文字を印刷できます。これで書類仕事なんてチョチョイのチョイです!」
「……魔法か。便利そうだな。私にもその芸当は可能か?」
「いえ、私が電子生命体だから便利に見えるだけで、このゲームの魔法はそんなに便利な代物じゃないですよ?自由度が凄く高い代わりに、使いこなすために制御プログラムを自分で作る必要があるんです。電子生命体の私ならプログラミングなんて一瞬ですけど、普通の人間じゃ文字を書くプログラムを組むのに何時間もかかりますね」
「つまり普通の一般人が魔法を使おうとすると、どうなるのだ?」
「運営会社が用意した単純な単体魔法を相手にぶつけておしまいです。スキルレベルを幾ら上げても、効率の良いプログラムを作らないと意味がない鬼畜仕様で不便です。まだ銃の方が使いやすいと思います」
「なるほど、それはそれで好都合だな。私の常識がこの世界でも通用しそうだ。しばらくの間、ミーニャンには私の秘書として働いてもらおう――報酬はたんまり用意してやる」
「わーい!」

仕事を貰えたミーニャンが、頭の上にある狐耳をピョコピョコ動かして喜んだ。
その姿は愛らしい。
よく動く狐耳が気になったナポレオンは、狐耳に触れようと両手を出すと――ミーニャンがサッと距離を開けて逃げた。

「……なぜ逃げる?」
「セクハラはいけないと思います」
「耳を触ろうとしただけだ」
「狐娘の耳と尻尾は敏感な場所ですからセクハラなんです」
「そうか、狐耳に触るのはもっと仲良くなってからにするとしよう」
「仲良くなったら触るんですか?」
「何時か触りまくってやる、その時が来るまで楽しみにしていろ」

そう言って、ナポレオンは歩く事を再開した。
ミーニャンはナポレオンの右隣まで慌てて走り、追いついた後は並んで歩く。
歩く度に、ミーニャンの大きな黄金の尻尾がフリフリ動くから、ナポレオンは尻尾を掴みたい衝動に駆られた。
今まで抱いた女の数が3桁を超えるナポレオンといえども、このような見事な狐娘を抱いた事がないだけに、好奇心で心が一杯。
しかし、ミーニャンに嫌われると書類仕事の面で困るから、もっと仲良くなってから手を出そうと心の中で誓うのであった。

「マスター、聞きたい事があるんですけど」
「ん?」
「フランス皇帝の地位を得たら――どんな事をするつもりですか?」

ナポレオンは少し考えた。
前の人生で迎えた酷い結末、敗北、裏切った元帥達を思い出し、現実的な目標をすぐに頭の中から捻り出す。

「……そうだな。最悪の場合は戦争で獲得した領土を捨てて、フランスと私のポナパルト王朝を維持できれば良いと考えている」
「あれ?マスターらしくないですね。ヨーロッパの完全支配を目指したりとかしないんですか?」
「生前、ヨーロッパを一時的に征服したからこそ分かるのだが……ヨーロッパを統一するのは不可能なのだ。ミーニャン」
「あれ?余の辞書に不可能はないって、生前言っていた事で有名な割には弱気な発言ですね?」

ミーニャンが可愛らしく首を傾げた。
ナポレオンはゆっくりと、先ほどの言葉の根拠を説明する。

「ヨーロッパはアルプス山脈を中心に天然の要害……少人数の兵士しか通れない細い回廊や大勢の犠牲が出る地獄のような道を使わないと、軍隊を移動させるのが難しい地形なのだ」
「……でも、マスターはヨーロッパを征服しましたよね?」
「征服はしたが維持し続けるのは難しい。様々な民族が住んでいて言語も文字も風習も違い――独立心がある。これらを永遠に屈服させ続けるのは兵力・金銭的に考えても不可能なのだ」
「日本の隣の中国みたいに統一王朝とか作れないんですか?」
「ミーニャン、中国は軍隊を移動させやすい平らな地形だぞ?言語が違う連中同士でも、漢字が通用するおかげで統治しやすい恵まれた環境だ。過去に何度も統一王朝が誕生したから民衆も支配されている事に慣れている」
「……あの、マスター。このゲーム世界の共通言語『日本語』だから何とかなるのでは?」
「なんだとっ!?」

ナポレオンは驚いた。
それは完全に盲点だった。
ミーニャンはナポレオンが驚く様子を見て喜び、狐耳をピョコピョコさせながら嬉しそうに語る。

「さっきフランス人が語りかけてきた時の言葉も日本語でしたよね?」
「あ、ああ、確かに彼らは日本語で皇帝万歳と叫んでいた」
「言語と文字が同じなら何とかなりませんか?」
「……ふむ、幾つかの問題はあるが、史実のヨーロッパと比べればかなりマシという事か」
「何とかなりそうですか?」
「そうだな……スペイン独立戦争が起こる前のヨーロッパ前提だが、辛うじて何とかなりそうだ」
「スペイン独立戦争?」
「1808年の5月、内紛状態のスペインに武力介入して、私の兄をスペイン王にしたら――民衆の一部が蜂起して泥沼のスペイン戦線が誕生したのだ。この戦線に30万の兵力を張り付ける嵌めになった」
「もしもこの世界でスペイン独立戦争が起きたらどうなります?」
「ヨーロッパ各地で抵抗運動が始まる。それに対処するために兵力を動かせば膨大な軍事費が湯水のように消費されて……フランス帝国の財政は近い将来、借金漬けになる」

ナポレオンはこれ以上は語りたくないという顔だった。
幾らナポレオンが天才といえども、彼の身体は1つしかない。
ヨーロッパ全てを舞台に戦争なんて事態になったらおしまいだ。
反ナポレオンの旗を掲げた大軍が、フランスを包囲するだろう。

「マスター、とりあえず今が西暦何年なのか調べませんか?この世界、確か……世界地図がかなり滅茶苦茶だった記憶がありますし」
「そうだな、ちょうど後ろから追跡してくる男たちがいるから――奴らから聞くとしよう!」

そう言って、ナポレオンは大きく後ろを振り返り、日本で習った空手の構えを取った。
視線の先に居た男は3人。
その内の1人に見覚えがあった。
――かつてナポレオンを暗殺しようとした男達。
20代の若き青年。手には短剣を持ち、殺意と憎悪を向けて叫んだ。

「祖国を占領した侵略者!ここで死ね!」
「貴様はっ……!あの時の暗殺者かぁー!」

叫びながらナポレオンは相手の不意を突くために突撃した。
暗殺者Aの腹に右手で正拳突き。男は吹き飛んで壁に頭を打ち付けて気絶した。
流れるような動作で右肘を出して、暗殺者Bの顎を打ち抜く――歯が数本へし折れて悶絶した。
「ば、馬鹿な!ナポレオンは元は砲兵だろう!?こんなのありえない!」
最後の1人となった暗殺者Cはその場から逃げようとするが、そこをナポレオンが追撃して頭に空手チョップ。
暗殺者Cも道に倒れて気絶した。
一瞬で全員を殺さずに仕留めたナポレオンは、Lv10万の身体はチートだと思った。
ミーニャンは狐耳をピョコピョコしながら、ナポレオンに駆け寄る。

「さすがマスターです!これが空手って奴なんですね!」
「ああ、日本で空手を習っていて正解だった」
「ところでこの人達とは知り合いなんですか?」
「前世で私を暗殺しに来た刺客達だ。すぐに処刑を命じたから名前は知らないが、決死の覚悟で殺しに来たから今でも覚えている」
「……結構、恨まれてるんですね。マスター」
「だから言っただろう?――ヨーロッパを統一するのは難しいと」

ナポレオンは前世の苦労を思い出した。
西にはヨーロッパ中に金をばら撒いて反ナポレオン活動を支援する大英帝国。
東にはナポレオンの死亡フラグの塊、帝政ロシア(※このゲーム世界にはない)
内には反抗する気満々のヨーロッパ諸国。
史実より統治する難易度は低いとはいえ――前途は多難だった。






――リアルチートの歴史がまた1ページ


あとがき

始皇帝(´・ω・`)私みたいに、広大な中国を統一しちゃう類の変態がいないと、ヨーロッパ統一なんて無理無理。

フランス「歴代のフランス国王の二つ名が酷い件」 9世紀-19世紀
http://suliruku.blogspot.jp/2015/06/9-19.html

フランス「オレルアン平等公、後先考えずに行動して破滅した無能男な件」 18世紀のブルボン朝
http://suliruku.blogspot.jp/2015/06/18_20.html

ローマ帝国「兵士達に40kgの荷物を持たせて、兵站線を短くして軍事チート!」 紀元前1世紀
http://suliruku.blogspot.jp/2015/06/40kg1.html
イギリス「レールの上を走らせる馬車鉄道を使って物流チート」19世紀
http://suliruku.blogspot.jp/2015/06/19_12.html



 

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ボツネタ

そう言って、ナポレオンは歩く事を再開した。
ミーニャンはナポレオンの右隣を並んで歩く。
すると、裏路地に面する窓の1つが開いて
「これからウンウンを捨てるわ!逃げてぇー!」
手に排泄物満載のオマルを持つ主婦(30歳)が叫びながら、オマルの中身を裏路地にぶち撒けた。



プロットはノートに書く主義だから、ほとんど紙媒体で保存しているでござる
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