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12話目
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砂漠に陣を構えるピィザ王国軍。砂漠は砂漠でも、ここら辺は膨大な川が合流し、巨大な大河川ナイルンへと変貌する場所。
古代エジプト文明みたいに、川は生活用水であり、農業用水であり……『超巨大な水の道』なのだ。
大量の小舟を浮かべれば、大規模な物資輸送ができて経済発展しやすい。
水上の流通網を制した方が勝利する。これがセイルン王国の常識。
現在の川の支配者はピィザ軍。その長であるピィザ王が陣営にいる。
彼は他者にインパクトを与える大きな青い瞳。真っ赤な髪の熊のような大男だ。黒くて薄い鎧を着ている。
片手に火酒を持ち、それをグビグビ煽り、部下の報告を喜んでいた
「跳ね橋が落ちているのか!!そうか!そうかっ!よくやった!
破壊工作は成功したようだな!
余の英雄譚の一ページに名前を残す栄誉をくれてやろう!
秘書官っ!ヤスが犯人と書いておけ!良いな!」
跳ね橋を支える鎖が切れて、水堀の上にかかったままの状態を喜んだ。
その名をコルニチョーネ・ピィザ三世。大陸北部の統一による大帝国建設を夢見る青年である。
千年先の人間達に語り継がれるような、そんな男になりたいと思っている英雄願望者……一応、表向きは、ピィザ国を更に豊かにするために、セイルン王国に攻め込んできた。
個人的な欲望と国益が合致した結果である。
今のピィザ王国は大きな国内問題を抱え込んでいない。
こういう国は、歴史を見渡しても、ほぼ必ず戦争すると言っても良いくらいに戦争しちゃう。
むしろ『何時、戦争やるの!殺るなら今でしょ!さぁ戦争だ!』と指導者が考えちゃうのが血塗られた人類史。
ピィザ三世の取った行動は、人間としてはよく有り触れた行為なのだ。
「陛下、連絡員から妙な連絡が入っております」
無表情の軍師チィズがピィザ三世に頭を垂れ、恭しく話しかけてきた。
頭がツルッパゲの男で、外国出身で、軍師という読者には分かり辛い三重苦を背負っている。
「なんだ?チィズ」
「カイロン内部にいる連絡員から、手旗信号で奇妙な報告がありました。
最初は誤報かと思ったのですが……複数のルートで同じ事を伝えておりますので、念の為にご報告申し上げようかと」
「さっさと言え。余は楽しい楽しい勝ち戦の最中なのだぞ?」
「では申し上げます。
『邪神、降臨せり』『都は魔都と化した』以上です」
チィズからの報告を聞き、ピィザ三世のなんとっ!意外とっ!常識的な脳みそがっ!一瞬で判断したっ!
「チィズ!そんな誤報を報告するな!
天使ならまだしもっ!邪神などいる訳がおるまい!どうせ迷信か何かであろう!
これだから古臭い習慣に染まった人間は嫌なのだ!」
炎のように怒ったピィザ三世は、チィズ軍師を下がらせ、近くに居る書記官に
「この戦はこう書き記せ。
偉大なる征服王な俺が率いる軍勢を見た者達は、自らすすんで跳ね橋を降ろし、内部から余を受け入れた。
その時、余はこう言った。
『一匹の豚に率いられたライオンの群れは怖くない。私が恐れるのは一頭のライオンに率いられた豚の群れだ』とな。
あ、この豚はセイルン王の事だからな。ちゃんと書いておけよ。
一人称は『私』にした方が礼儀正しい感じに見えて好感を持たれるからな。
不都合だから、ヤスの名前は削除しろ」
その言葉を背に、天幕の外へと追い出されたチィズは、今回の戦場の可笑しさに悩まされた。
ほぼ全てのルートから、『似たような誤報』が届く。
これは本来ならありえない事だ。
情報は戦争の結果を左右する。それゆえにチィズは確実性の高い情報を元に、作戦を決めて戦う。
だからこそ、情報の入手経路は常に複数用意し、そこから相手の行動を推測した後に判断するのだ。。
もしもこれが本当に誤報だったら、ピィザ王国軍はとっくの昔に、偽情報に踊らされ、自身の無能ゆえに自滅していたはず。
(動く骸骨を見たという報告も前線から届いている……これも誤報なのだろうか?
今日の昼から、全てが可笑しくなったっ……。
空を飛ぶ豚(プラチナに蹴られた馬鹿王子)を見たという噂も広がっているっ……。
飛ばない豚はただの豚だが、飛ぶ豚は何と呼べば良いのだろかっ……?)
チィズ軍師のよく動く頭がカロリーを大量消費、高速回転して考え込む。
……動く骨なんてものは、ありえない。
死者は動かない。
邪神なんてものは存在しない。
天使は存在して、奇跡の力を人間にプレゼントしてくれる。
なら常識的に導き出せる答えは――それは戦場でよくある出来事。
(そうか、わかったぞ。
セイルン王国に超有能な奴がいるのだ。
恐らく、そいつが連絡員を懐柔して、偽情報を流しまくっているに違いないっ……!
前線から届く誤報も、おそらくは……偽情報!軍にスパイが大量にいるっ……!?)
チィズは背筋が震えるほどに戦慄する。
工作員とか忍者って待遇が悪い。ゆえに大金で顔を叩けば裏切りやすい職業のはずである。
日本の戦国時代を見れば、彼らの低待遇っぷりが分かりやすい。下忍は上忍に給料をピンハネされて給料は雀の涙。まるで悪質な派遣会社さん。
風魔衆に至っては、北条滅亡後に失業して大盗賊団に転職。
江戸時代では忍者は借金して生活。副業持ってないと生活できない。そんなブラック業界だ。
忍者業界から退職したら、暗殺者が差し向けれたりとか、なんとかかんとか。
(いつの間にかっ……追い詰める側の私たちが、逆に追い詰められていたっ……?)
今までの誤報が『偽情報』を流す工作による結果だとしたら、とんでもない規模で寝返り工作が軍に浸透している事になる。
スパイどころか、有力な将軍達も裏切っている。そうとしか思えない。
兵士からの報告も『骸骨が城壁の上を歩いてる』『こっちに向けて手を降ってきた。骸骨が』などと、この世の者とは思えない情報ばっかり。
ただでさえ砂漠を経由してやってきた遠征軍という時点で問題だらけなのだ。そこに大量の裏切り者が発生したら壊滅だ。
疑心暗鬼に駆られた軍勢は、誰が敵で誰が味方なのか悩まされ、前の敵すら見ていられなくなる。
(今の内に、撤退する準備をしておくべきだろうかっ……?)
しかし、ここで軍を退くことは、異国の地で出世するために行ってきた苦労の日々が無に帰す事を意味する。
いや、マイナスだ。王は敗戦の責任を取らせて、軍師チィズを拷問にかけた上で処刑するだろう。
なにせ外国人というだけで嫌われる要素たっぷり。その上、将軍達から嫌われる軍師となれば誰も擁護しないはず。
今夜……チィズは眠れない夜になりそうだ。
(私は、今、世界史に名を残す謀略家と戦っている。そんな気がする。
しかし……相手はどうやって、我が軍を離反させたのだっ……?
我が軍が圧倒的に優勢なのに、なぜ寝返る?
とんでもない報酬を餌にされて釣られてしまったのか?
わからない……まるで答えのない迷路に迷い込んでいるようだ……
私なら『我が軍にセイルン貴族は寝返った振りをしているだけで、実は敵と通じている』と偽情報を流すのだがっ……)
戦場の情報は霧に包まれていた。
主に常識に凝り固まった人間さん達のせいで。
「ワルキュラ様、美味しい線香です」
(ルビーの作った『アヘン入りの線香』は良い香りだなぁ……。
あ、アヘンって人間には毒だったか?
常識を忘れちゃ駄目だな)
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